『everyday』-3
すると京介が口を開いた。
「捨てられてもいいみたい?」
あっさりと、まるでそれがなんでもないことかのように。
花は一瞬あっけにとられたが、気をとりなおして言い放つ。
「そうだよ。捨てられてもいいみたい」
「それで?」
もう、嫌われているとしか思えない。
涙で視界がどんどんぼやけていって、京介がにじんで見えた。
もう、我慢の限界。
「好きじゃないならそう言ってよ……!京介はあたしなんてどうでもいいのかもしれないけど、あたしは京介がいないと嫌だもん!京介のことだいだいだい好きだからこんな悩んで……なやん…で…?」
自分で、自分の言葉にどきりとする。
京介が好きだから
今まで、独りで悩んでいたことが、今この瞬間解決されたような気がした。
京介のことが好きだ。
全ては京介のことが好きだから。好きで、大切に思うからこそ、悩みもする。
花は急に冷静になって京介の完璧に整頓された部屋を見渡した。
二人で選んだテーブル。シンプルな部屋に一つだけ場違いなクッション―花があげたものだ―。花の好みに煎れられたコーヒー。
そして、いつになく真剣な眼差しで花を見つめる京介も。
空回って、過剰な何かを京介に要求していたのは、自分。
最初からそんなものを要求しなくたってよかったんだ。
花は、京介の日常の中に、確かに自分が存在しているのが分かった。
あまりに溶け込みすぎて、花自身が気付かないくらいに。
約束したわけではないのかもしれないけど、何より身近にお互い存在していた。
何だか自分が取り乱したことが恥ずかしく思えて、花は思い切り後ろを向いた。
見えないけど、京介がいつもの苦笑いを浮かべているのが背中ごしに分かった。
「花」
「な、なに」
考えてみると、普段言ったこともないような愛の言葉を吐いてしまっていた。
ほてる顔がばれないように、後ろを向いたまま答える。
「こっち向けよ」
「い、嫌だ」
京介の声にからかう調子が混じっているのをみると、何でもお見通しということのようだ。
嘘はつけないよなぁ、なんて考えていると、京介がいきなり花を後ろから抱きしめた。
瞬く間に心拍数が早くなり、呼吸が乱れる。
1年たっても京介にだけは慣れるということができない
「びっくりしてる」
低い声で耳元に囁かれて、思わずびくりとした。
「なにが、ていうか、耳元で言わないで」
京介は構わず花の耳元にさらに近づいた。
「びっくりしてるんだよ」
「だから何が」
「お前に嫌いだって言われた時、死ぬかと思って自分でもびっくりした」
「――――!!」
「お前がいないと死んじゃうってことだな」
「――っ」
「何?」
「―ば、ば、ばかみたい!」
花の顎に手がかかり、京介のほうを向かされる。
「俺にしては素直だったと思ったんだけど」
「も、もういいよ」
瞼に、優しいキスが落とされた。
そして、息が出来ないくらいの長いキス。
唇を離したあと、花はだんだんとわけがわからなくなってきて、やけくそになり、京介にしがみついた。
背中に腕が回されるのを感じながら、これからもこんな日常が続くんだと思った。
こんな日常こそが大切だ、とも。
京介はそんな花をみすかしたかのように抱き締める手に力を込めて、少しだけ微笑んだ。
end