「アジアの闇を追え!〜前編〜」-1
5月のある夜、前代未聞の凶悪事件が発生した。大阪ミナミのステーキ店で閉店間際、店長と店員が共謀して女性客を縛り上げ、郊外のガレージに拉致、金品を奪いレイプして女性を縛ったまま車内に放置した。その後女性は解放され、2人の犯人は店に戻り何食わぬ顔で翌日の営業を続けていたところを逮捕された。俺はこの事件の一報を、大阪Y新聞社の社内で聞くことになった。
「おい、福本、親父さんのコメントとってきてくれねえか?」
土田デスクが言った。
「わかりました」
俺が現地に着くともう他社の記者が来ている。俺はインタホン越しに被害者の父親に呼びかけた。
「ところで警察からの一報がお宅に届いたのはいつですか?」
「それが、まだ警察からは何の連絡もないんですよ。いまあなた方が来られて、事件のことをいま聞かされてただただ驚いているんです」
父親は明らかに狼狽している。それにしても、警察からの通報がないとはどういうことなんだ? 俺はずっとそのことを考えながら社に戻った。
「デスク、行ってきましたよ。警察からはまだ何の連絡もないそうです」
「連絡がねえ? どういうことなんだ、そりゃ」
そこに大阪社会部の先輩記者、水谷さんが割り込んできた。
「デスク、俺の経験ですけどね、府警はときどきこういうことやりますよ。事件にしたくないんじゃないですか? 被害者に事件が明るみになったときのデメリットをですねえ、ネチネチと言うんですよ。で、告訴を取り下げさせる」
「ミズさん、それおかしいですよ。それは普通のレイプ事件でしょ? これ、輪姦ですよ。いまの刑法じゃ告訴不要で即犯罪じゃないですか」
「だからだよ、事件にしたくなかった。はっきりいやもみ消したかったんじゃねえか? で被害者を説得してる間に俺たちが先回りして事件にしちゃった」
するとデスクが言った。
「一報はどこから入ったんだ?」
「捜査員のリークです」
俺は言った。
「公式発表じゃないんだな。じゃその捜査員は内部の方針に逆らってリークした可能性があるな」
「内部告発ですか?」
「わからん、でもともかく重大事件だ。しっかりやろう」
俺と水谷さんは事件現場のさわやかランチ心斎橋店の前に来ていた。
「ミズさん、この店の作り、おかしかないですか?」
「俺もなんか違和感があるんだよ」
「このチェーン店の客単価じゃ回転率上げないとペイしないでしょ。普通は間口を広く奥行きを浅く、客の動線を短くして開口部も広くとって入りやすくしますよ。この店、細長いL字型ですよ」
「確かに福の言う通りなんだが」
「これだと店の奥に誘導された客は外から見えない。それに前の動線塞がれたら逃げ道なくなりますよ」
「おい、じゃ何か? 客がわざと逃げにくいような店の作りにして、その上でこの事件を起こしたと、お前はそう言いたいわけだな」
「いや、そこまでは言ってませんよ」
「ともかくこっから近い距離のチェーン店がいくつかあったな。手分けして回ってみようぜ」
「わかりました」
ここから事件は異例ずくめの展開を見せていくことになる。まず報道協定が結ばれた。共犯者のいる可能性があり、その共犯者が別の女性を監禁している可能性があるという一見もっともらしい理由がつけられた。しかし、警察の動きは鈍い。
「それにしてもデスク、この報道協定いつまで続くんですか? あんまり長引くと報道のタイミング逸してしまいますよ」
デスクは考え込んでいる。
「よし、あと3日待とう。それで進展がないなら、俺たちで第一報を打とう。上には俺から話す。こんな凶悪事件のもみ消しに加担したらもう終わりだ。大阪Yの意地をみせてやろう」
もともと大阪Y社は東京Y社に対して独立志向が強く、特に社会部は過去の報道でもそれなりの実績をあげていて、みなプライドが高かった。