さよならのラララ-1
それはある日の夕方だった。清潔感を感じさせる白い壁、白い天井、白いベッド。その真ん中に座った俺の恋人は、何か考え込んでいた。俺はその横、パイプ椅子に腰掛けて外を見る。窓の外から、夕暮れの赤い光と共に静かに流れ出す音楽。それは面会時間の終了を告げる、さよならの音楽だった。嘘と、夜と、さよならのラララ。それがこいつ、もえこの大嫌いな三つのもの。
「ねえ、けーたくん」
帰ろうかと荷物を手に取ったそのタイミングを見計らったように、もえこが口を開いた。
「ん?」
「……あのね」
落としていた視線をそこであげて、もえこはまっすぐに俺を見る。ぱちぱちと瞬きをして、いつになく真面目な顔をして、
「わたし、死ぬんだって」
もえこの唇からぽろりとこぼれた言葉を理解するまで、少しの時間を要した。理解して、どう言えばいいのか考えつくまでには、ひどく長い時間を使っても間に合わなかった。
俺の無言をたっぷり聞いて、うん、と一人ごちてから、ゆるぅく笑って、
「だからさ、えっちしよっか」
さよならのラララ
消灯の時間がすぎた。規則ただしく並ぶ窓から光が漏れることは、明日の朝までないだろう。カーテンの向こう側の孤独な世界で、何人ものひとが眠りについている。今日を悔やみながら、明日を憂いながら。
春は、もうそこまで来ていると聞いた。今朝のニュースの天気予報で。だけど闇の下で空気はとても冷たく、まだまだ春は感じられない。なんだよ。もうそこまでってあとどんだけだ。
もえこはセミロングの黒髪を揺らして、はあ、と小さく吐息をもらした。
「さむーい」
「だから外なんかやめようっつったろ?」
「だけど他に場所ない」
「それにしたって……」
「いいよう、つっこんでだすだけでしょ。どこでも大丈夫だって」
「……間違っちゃいないけど……ひどい言いようだな……」
動きの説明としては間違っていないが、セックスというものを完全に思い違えているように思う。初めてだというから仕方ないのだろうか。あとは、あまり周りにそういう話をする人間がいないせいかもしれない。