『六月の或る日に。1』-11
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「夏樹にね、新しい彼女のこと聞いたんだ。」
あのあとさらに話し込んで、話は仕事の愚痴や上司の悪口、昔話なんかに変わって、気付けば時刻は夜中の2時だった。
幸い、電車がなくても帰れない距離じゃなかった。
夜風にあたって、何だか酔いも少し冷めた頃、あたしはまた夏樹のことを口にしていた。
「…うん?」
陽子が優しい声で、先を促す。
「3つ年下なんだって。今年入ってきた新人の子で、めっちゃ可愛いらしいよ。」
でもやっぱり飲み過ぎたのか、少し頭がおかしいみたい。こんな話をしても、なぜか笑える。
「仕事とか、全然出来ないんだって。でも、頑張ってるって。要領悪いんだけど、努力してるって。」
『どっかちょっと抜けてんだよな。心配かける天才だよ。』
そう話した夏樹の目は、凄く優しくて、嫉妬さえ出来なかった。
「そりゃあ憎めないよねえ。好きになっちゃうよねえ。だってあたしはさ、自分で言っちゃうけど、しっかり者だし、夏樹に心配とかかけたことないし。」
新人の頃から、仕事は出来るほうだった。要領がいいのか、それとも勘が働くのか、何をどうすればうまくいくか、というのがなぜか読み取れた。だから、社会人1年目の頃は仕事が忙しくて、全然夏樹と会う時間を作れなかった。
「最初から、夏樹に合うのはそうゆうタイプの子だったのかもね。あたしみたいに鉄の女タイプじゃなくてさ。」
周りに誰もいないのをいい事に、大きく腕を広げて、大股で道を歩いた。わざと、おちゃらけてみせた。
黙ったままの陽子の視線を、後ろからひしひしと感じた。
暗い閑散とした道路の横には、綺麗なマンションが立ち並ぶ。マンションの前には、毎日誰かが手入れしているのだろう、色とりどりの花々が咲く花壇が、いくつかに分かれて並んでいた。
花壇を仕切るレンガの上を、バランス台の上のように、歩く。
昔から、なぜか時々、こうゆうことがしたくなる。
「春美は、鉄の女じゃないよ。」
すると、ずっと黙っていた陽子の声が、後ろから聞こえた。足を止めて、振り向いた。陽子は綺麗に微笑んでいた。
「だって春美は、女らしいよ?見た目は綺麗だし、料理は出来るし、掃除だって完璧にこなすし、綺麗好きだし、何より……一途だもの。」
ふざけて笑い返す気力はなかった。陽子の優しさが、純粋に嬉しかったから。