主役不在-3
‘何より硬い’
書いただけではどうにもならないだろうとミツルは思ったがさにあらず。
不敵に笑う亜紀はモップの柄を握る手に力を込めると裂帛の気合いと共に悟空に叩きつけた。
「あのお姉ちゃん、やりよるなぁ」
ウサギが格闘漫画の解説役のように呟く。
「このフェイズはより活字の世界に近いさかい、文字が事象に影響を及ぼすんや」
その言葉通り、神珍鉄に叩きつけたモップは折れることはなく、それを受けた悟空の顔から余裕の表情が消える。
慌てて跳び下がる悟空は毛をむしって亜紀に吹き付けた。
毛は無数の分身となって亜紀に襲い掛かるが、亜紀はものともせずになぎ払い、悟空の間合いに飛び込んだ。
モップの先が悟空の顔面を捉えたその瞬間、悟空の如意棒も亜紀の鳩尾に突きつけられていた。
二人の動きが止まり、やがて悟空が堪えきれないと言った様子で破顔した。
「真君やナタ三太子にも劣らぬ強さ。こりゃあ愉快」
そう言って得物を下ろす悟空に、毒気を抜かれた亜紀も武器を下げる。
「それじゃあ、そろそろ帰るとするか」
悟空はそう言って如意棒を縮めて耳に収めると、呆気にとられているミツルの手から本を取り上げた。
自ら本の中に戻る孫悟空。
芳流閣学園図書館は普段の静けさを取り戻したのだ。
ミツルには紙の香りに包まれ、頁をめくる小さな音に心癒される日常が戻ってきた。
筈だった。
あれから一週間経ったある昼下がり。
本の整理をしていたミツルは見つけてしまった。
西遊記の中でピーターパンが暴れているのを。
職責にあるまじき驚きの声を上げるミツル。
「しまった。あの時、被せる本を間違えたんだ!」
終。