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主役不在
【ファンタジー その他小説】

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主役不在-1

 とある暖かな日差しの午後、芳流閣学園図書館司書の西園寺ミツルはその職責にあるまじき驚きの声を上げた。
 ピーターパンの本から主役のピーターパンが挿し絵から消えていたからだ。
 中を見てみると、ウェンディの元にピーターパンが現れずに終わっている。
 一瞬驚いた西園寺ミツルだったが、手の込んだ悪戯だと得心すると、先輩司書の藤咲亜紀に本を見せた。
「畜生、彼奴等。またやりやがったな」
 眉をひそめた亜紀は美しい表情を歪め、女性にあるまじき悪態をついた。
 そして、手近にあった乱歩の本をめくってみる。
 横からミツルが本を覗き込んでみると明智探偵が出てこない。
 西遊記には悟空が、リア王にはリア王が、偉人伝の中からガンジーが、いない。
 ミツルには何が何だかまるで分からなかったが、亜紀は心当たりがあるのか掃除ロッカーからモップを取り出すと使い勝手を確かめるようにクルクルと振り回した。
 気合い十分。
 鋭い視線で振り返ると西園寺に本を持つように促す。
「いいか、西園寺。司書が体力仕事だって事を教えてやるからついて来い」
 言葉は悪いが物静かで可憐な藤咲亜紀にミツルは密かな憧れを持っていたが、今は逆らいがたい気迫に圧倒され、訝りながらもおずおずと従う。
 取り敢えず主役不在の本を持って図書館を出る亜紀とミツル。
 廊下の角に来ると、亜紀は何かを待ち伏せするかのように身を屈め、ミツルもそれに倣った。
 何を待っているのかミツルには分からなかったが、亜紀の緊迫した様子に自分も緊張してくる。
 階下では音楽の授業をしているのか、生徒達の歌声が微かに耳に届く。
 やがて、薄暗い廊下の向こうから白い塊が走ってきた。
 亜紀はタイミングを合わせて飛び出すと、モップを振り上げ、白い塊目掛けて振り下ろした。
 悲鳴を上げて動きを止める白い塊。
 よく見るとそれは身なりの良い白いウサギだった。
 懐中時計を首からぶら下げており、何となく見覚えのあるウサギだ。
 モップを小脇に抱え、冷然とウサギを見下ろす亜紀。
 気絶しているウサギの耳を掴み、荒っぽく頬を叩く。
「いったぁ……。何さらすんじゃい、おどりゃあ!って、またあんさんかいな」
 気が付いたウサギは凄んでみせるが、相手が亜紀だと分かると急にテンションが下がる。
「何だじゃない。あんたがうろちょろ出てくるから、また脱走者が出たじゃないの!」
「い、いや、そうは言わはりますけどな、わて等かて狭苦しい本棚に閉じこもっとったら息が詰まりまんがな。たまにはぱぁっと息抜きでも……」
 亜紀はウサギが言い終わらぬうちにヒゲを引っ張った。
「いひゃい、いひゃい、いひゃいひゃなぁ」
「どの口がそんなこと言うかな。私達司書の仕事は完璧な内容の本を分類して整然と並べること。本の中の住人がほいほい外に出てこられちゃ困るの」
 亜紀はそう言ってウサギの鼻先に人差し指を突きつけた。
「ともかく、あんたにはまた案内してもらうから」
 そう言ってウサギをぶら下げたまま歩き出す亜紀。
「あのぉ、藤咲先輩。その喋るウサギは一体?」
 遠慮がちに声を掛けるミツルを四つの視線が振り返る。
「何や、兄ちゃん。不思議の国のアリス、読んだことないんかいな」
「やっぱり?でも、どうして関西弁?」
「わて、イギリスの関西出身だんねん。何ぞ文句でも?」
 ウサギに凄まれ、無言で首を振るミツル。
 そんなミツルをよそに、藤咲亜紀はさっさと歩き出す。
 時折ウサギと話をしながら誰もいない実験室に入ったりトイレに入ったり。
 そうやって校舎の中を歩き回った末に元の場所に戻っていた。
「一体、歩き回って何を探してるんです?」
 首を傾げるミツルにウサギは答える。
「兄ちゃん、外を見てみぃ」
 言われて窓の外を見てみると、紫色の空に緑の雲が漂っている。


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