主役不在-2
「えっ、えぇっ!?」
「ちょっと難しい話だけど、フェイズを少しずつずらしていたの。それよりも、そろそろ誰か来るわよ」
そう言って油断無く廊下の先の暗がりを見つめる亜紀。
すると、廊下の向こうからローブを着た老人が現れた。
「あなた、リア王ね」
ローブを着た老人は重々しく首を縦に振る。
「お前は何者じゃ?」
「私は書を司る者。調和のとれた本の世界を乱す者、大人しく戻りなさい!」
「何を言うか、胡乱な奴め。余はあのような莫迦娘共のおる世界には戻らん!」
頑な老人の言葉に、亜紀はモップを振り上げた。
「問答無用!」
その言葉通り、容赦なくモップを打ち下ろす。
リア王は一瞬にして昏倒し、亜紀は悲鳴混じりにミツルに命じた。
「リア王の本を開いて被せて!早く!本を間違えないで!!」
亜紀の言葉にミツルは慌てて本をリア王に被せた。
すると不思議な事に、リア王の体は本の中に吸い込まれ、主役不在だった本が元に戻った。
「あのお姉ちゃん、相手が老人でも容赦無いなぁ」
ウサギは冷や汗と共に呟いた。
続いて一行が階下に降りると、暗がりの中、眼鏡を掛けた老人が糸車を前にして座っていた。
その姿を見て、ミツルの胸に一抹の不安がよぎる。
「あなたも脱走者ね!さあ、本の世界に戻りなさい!」
しかし、やはり老人は応じない。
好好爺として微笑みを浮かべ、非服従の意思をはっきりと口にする。
「ノー」
次の瞬間、亜紀はモップを振り上げた。
心の中でミツルと作者は呟いた。
ちょっとそれはまずいんじゃあないか?
しかし、非情にもモップは振り下ろされた。
非暴力の老人を暴力で本の中に戻すと、亜紀は次なる犠牲者、もとい、脱走者を探して校舎の中を歩き回った。
そして見つけたのは明智小五郎であった。
「本の世界の調和を乱す者、元の世界に戻ってもらうわ!」
モップをかざす亜紀。
しかし、流石は名探偵明智小五郎。
些かも動じることなく悠然と構えてのたまった。
「いやあ、俺って本当は名探偵なんて堅苦しい仕事嫌なんだよねぇ……。もっと、こう、派手で女の子にモテモテの役のがいいんだよねぇ」
へらへらと薄ら笑いを浮かべる明智小五郎。
よく見るとジャケットの袖の長さが左右で違うし靴下も片方履いていない。
知性の感じられない明智探偵に、天知茂のイメージを重ねていたミツルは幻滅した。
せめて、シャツの裾くらいちゃんとしまっていて欲しかった。
そんな感慨を余所に、明智探偵は間抜けな悲鳴と共に気絶するが、正直あまり同情は感じない。
続いて現れたのはピーターパンと孫悟空。
二人でどちらが強いか言い争っている。
そこへ、モップを持って殴り込みをかける亜紀。
「やぁ、ウェンディ。しばらく見ないあいだに随分と狂暴になったね」
明るく笑うピーターパンに、モップを持って亜紀は襲い掛かる。
宙を舞うピーターパンは戦いにおいて有利だったが、学校の廊下には天井があり、その狭さは致命的だった。
そして何より、ピーターパンは亜紀の身体能力の高さを見誤っていた。
鋭い跳躍を見せ一気に間合いを詰めると、まるでゴキブリでも叩き落とすかのように殴りつける亜紀。
呆気なく気絶させられたピーターパンにミツルは慌てて駆け寄り本を被せる。
残るは斉天大聖のみ。
「恐ろしい小姐だなぁ。だけどその木の棒じゃ神珍鉄でできた如意棒にゃかなわないな」
そう言って笑う斉天大聖。
しかし、亜紀は少しも臆することなく、懐から太めの油性ペンを取り出した。
そしておもむろに、モップの柄にペンを滑らせる。