夕焼けの季節に-4
「……私のこと、嫌ってるのは、……湊人の方じゃない」
私はしゃっくりで詰まりながら、言いたいことを言い切った。今まで、言えなくて、苦しんでいたことを、言い切った。
湊人は、時々、私のことをじっと見ていた。そういうとき私は、気づかないふりをするけれど、一瞬だけ厳しくなるその眼は必ず私に向けられていた。
痛い。
その瞳はそう言っていた。
痛いと。これ以上自分を見るなと。
瞳はそう語っていた。
友達だといいながら、決して彼は自分の心をあけて見せようと、しなかった。ひたすらに隠し続けていた。湊人は、他人を拒絶しているように見えた。
それが何故、他人には分からないのか。何故、私は分かっているのか。
彼は、私の前でだけぎこちなく、拙い演技しか出来なかったのだ。きっと。
だから私は、湊人が自分を嫌っているんだと、思った。
「湊人……。完璧な人間なんて、いないんだ。……私、もう……痛々しくて……」
声は絞り出さないと、もう、出てこなかった。
私は、必死に喋った。伝えることは確かに億劫だったが、それでも、言いたかったことだったから、必死で喋った。
「……悲しくて……。湊人が、……私の前で無理してたこと知ってるのに……、それでも笑ってくれることが、辛くって……見てられないんだ。……もう……」
言葉が、ぽつりぽつりと落ちていった。
私の中に滞っていた感情が、流れ出して、止まらなくなった。止まらない涙は、湊人の制服を濡らし、大きな染みになった。
湊人は、じっと、動かない。
「湊人！！ 湊人！！ 湊人！！」
何とか言って欲しい。私は、名前を叫んだ。
のどの奥が熱くなり、ザワザワと心臓が動き始める。
私は、湊人の胸に顔を埋めていた。香水の匂いは、次第に強くなっていくように思えた。
「湊人……」
名前を、呼ぶ私の声も、次第にかすれ、小さくなった。
「……うん」
湊人の小さな声が、響いた。
体の底に響くように、低い声だった。
「うん」
湊人は私の体をきつく抱きしめた。肌が溶けるくらい、骨が軋むくらい、強く抱きしめた。
「うん。うん。うん」
私が、名前を呼んだ数だけ、湊人はうんと言った。
「……みなと」
私は、湊人が……
「好きです」
心臓が、頭が、心が、跳ねた。
大きく、熱を持った心が、跳ねた。
湊人の手の力が、抜けた。
私の体の力も、抜けた。
体を離すと、湊人の眼も赤く、潤んでいた。
私たちは、体を起こして床に座り込んだ。
世界が、止まっている気がした。
「湊人が……好きなんだ」
私は、もう一度、目を合わせていった。
もう、湊人は瞳を逸らさなかった。黒い瞳が、潤んだ眼の中に、静かに佇んでいた。
「俺、香夏のこと、嫌ってなんかいない。ずっと、恐くて」
淡々と彼は言った。はっきりと言った。
「……香夏」
静かに、確かめるように、私の名を湊人が言う。私の唇はもう、何も紡ぎ出せないでいた。
「香夏が好きだ」
そう言った湊人の声は揺れていた。
流れ始めた涙は、キラキラと綺麗で……
私たちは、そっと唇を重ねた。
一度目、一瞬だけ。
二度目、優しく。
私たちは二人とも、泣いていた。
泣いていた。
三度目、お互いの涙を掬い取るように、ゆっくりと口付けした。
そして、笑った。
END