DEAR PSYCHOPATH−11−-1
僕らが鈴菜のアパートへ転がり込んで、ちょうど一週間が経った。あれ程ひどかった火傷もだいぶ癒え、いつでもここを出て行くだけの準備が出来た。けれどケイコさんは「そんなこと出来るわけないじゃない!」と、断固として首を振るばかりだった。エド・ゲインが生きていると分かった以上、僕らと関係を持ってしまった鈴菜を、たった一人ここへ残して出ていくのはあまりにも危険というのが理由だった。ここへ残ること事態危険なのではと思ったが、
「それこそカムヤのようになりかねないわよ」
の一言が僕をここへ留まらせる杭になったのは確かだ。
また、ヘンリーたちの旅も幾つかアクシデントはあったものの、幸か不幸か、そろそろその幕を下ろそうとしていた。ついに、街の光が見える所まで到達したのだ。それを目にした時、僕はかつてない程の虚脱感に蝕まれた。自分の体があったのなら、 きっとその場に崩れ落ちるに違いなかった。あと何キロくらいあるのだろう。今、峠の上からそれを見下ろしているから、それでも到着まで二、三日というところだろうか。いや、覚醒が目前なのだ、彼らは寝る間も惜しんで、もっと早く到着するかもしれない。そうなったら、今度は現実世界での恐怖の幕開けだ。僕はうなだれた。万全は態勢でエド・ゲインとの戦いに望みたかったが、ヘンリーに覚醒されては元も子もない。そのことを考えると僕は、時間の理不尽さに、何とも腹が立つばかりだった。とにかく、様々な意味で残り時間は限られている。
「おはよう忍。もうお昼だよ。いつまで寝てるの?」
テーブルを拭いている手を止めて、鈴菜が言った。すぐそばのソファではタンクトップいっちょうのケイコさんが、モデル顔負けの細い脚を組みながら新聞に目を落としている。
「朝食は?」
僕は頭を掻きながら、何ものっていないテーブルの上を見た。
「昼食も終わりましたよーだ!」
「朝はキャロットケーキ、昼はピザ、どちらもとてもおいしかったわ」
こいつら、朝から何てものを食ってるんだ。僕は歪んだ口元を右手で押さえながら、ソファへ腰を下ろした。すると入れ替わりでケイコさんが腰をあげ、はからづも、僕の目線は、彼女の腰から下を追った。
「どこ見てるのよ!」
不意に鈴菜から怒りの声を投げ付けられ、慌てて目を伏せる。
「もう、エッチなんだから!」
彼女は頬をふくらまして言った。
「べ、別にそんなつもりで見たわけじゃないよ」
「じゃあどういうつもりで見たの!」
すでに弁解の余地なんてものはどこにもないようだ。僕は押し黙ったまま、引きつり笑いを見せた。と、その時。背後から「フフッ」という微かな笑い声が聞こえ、僕らは同時にその方へ目を向けた。声の主は当然ケイコさんである。
「な、何ですか?」
「だって、おかしくて」
口元を上品に隠している彼女の表情は、しかしいつものそれとは一変していた。
何というか、今まで見せた彼女の表情は、どこか無理に作っているような違和感があった。けれどこれは違う。この、少女のようなあどけない笑顔はものすごく自然で、暖かく感じられた。多分これが、本来のケイコさんなのだろう。
「二人とも・・・」
ようやく笑いを押さえた彼女は、息を整えて言った。
「とても仲がいいから。見ているこっちが恥ずかしくなってくるわ」
「な!」
僕の顔が、耳の先まで一気に熱くなるのを感じた。
「と、突然何を言い出すんですか?さっきのは、僕が鈴菜にいじめられていただけですよ!」
気をとり直して言うと、何やらゴモゴモと鈴菜があいづちをうっているのが分かる。どうやら彼女も僕と同じ状態らしい。
「あら。仲がいいじゃない。こういうのを、いちゃついているっていうのね」
毛穴全部から火を噴くような感じだった。僕らだってそこら辺にいる恋人と何等変わりないのだから、仲がいいのは当たり前の話なのだ。けれどそれを面と向かって言われるのが、これ程までに恥ずかしいものだったとは思ってもみなかった。僕は出来る限りの平静を装いながら、無言で玄関まで行き、そそくさと靴を履いた。