DEAR PSYCHOPATH−11−-4
「そんな恨めしそうな目で見ないでくださいよ。これが僕の狙いだったんですから。この二人がいなければ、あなたはおそらく、さほど迷わずに重要な一歩を踏み出していたでしょう。そうすれば最悪の場合でも僕も道連れだ。けれどこの状況は、あなたにとっては最悪のものだ。何せ大切な仲間、恋人がいるんですからね」
そう言うと彼は、甲高い声で笑い、僕を見下した。
「半端に人間に近いのが仇となったようですね。あなたが完全に覚醒していれば、仲間意識なんてものはほとんどない」
「仲間意識が強いのは僕だけじゃない。流だって、そこにいるケイコさんやチャールズだって自分以外の者のために体を張っているんだ」
「あなたたち全員が半端者なんですよ。結局ね」
「何だと!」
「さぁ半端者の忍君、僕に君の意地を見せてくださいよ」
悪魔の微笑に、僕は全てを飲み込んだ。それこそ唾も、息も、言葉も、何もかも全てだ。確かに彼の言うとおり、今の僕はすっかり罠にはまってしまっていた。
悔しいが、このゲームを攻略しない限り、その先はいつまで経っても生まれないのである。 しかし、これが完全と不完全の違いかと諦めかけた時、僕の頭の中で、ある言葉が浮かんだ。
『あなたはサイコパスとしてはまだ発芽したばかりの小さな芽です。けれど、人間としては、どんな花よりも大きく強い。分かっていますね?人間として、戦ってください』
あの日、別れ際に流が言った言葉だ。
それは漠然と目覚めるような、奇妙な感覚だった。今までの迷いが、流の言葉を思い出したとたん、嘘のように拭われ、入れかわりにとめどない勇気が沸いてくる。僕は唇を結び、未だ余裕を見せているエド・ゲインを睨めつけた。
「どうしました?」
と彼は言った。
「このゲーム僕はおりる」
「?」
鈴菜の表情が、不安で歪む。
エド・ゲインは何度かあごをしゃくると、組んでいた足をゆっくりと崩し、立ちあがった。
「それでは、この二人は助けられませんよ」
僕は苦笑した。
「お前は僕が悩み苦しみ、そして死んで行くのが見たかったんだろ?以前、流から聞いたことがあったよ。サイコパスは、自分の命すら目的遂行の道具にするとね」
「・・・だから?」
淡々とした口調は、彼の余裕の様を作り出していた。が、僕は確かに見た。彼の表情に、一瞬だが狼狽の色が走るのを。僕は口の両端をわずかにつりあげた。
「この白と黒のパネル、全てに爆弾が埋め込まれているな」
「!」
暴かれた真実に、彼は目をむいた。信じられない!その表情はまさしく、その一言を象徴しているかのようだ。僕は鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「サイコパスの考えそうなことだ。どうせ、僕を悩むだけ悩ませて爆死させるつもりだったんだろ?人質もろともな」
「・・・」
「だが、お前の最終敵な目的はあくまでも殺戮。この部屋が爆発したと同時に逃げ出す方法もあるはずだ」
「そこまで見抜くとは、たいした人です」
そう言った彼の顔からは、既に余裕の仮面ははがれ落ち、かわりに、怒りに満ちた素顔がにじみ出ていた。
「ポーカーフェイスもそこまでだな。エド・ゲイン!」
しかし僕が、そう言って組んでいた両腕を崩しかけた時、悲劇は起こった。突然、右の太ももが吹っ飛ばされるような激痛を感じて、僕はその場に転げた。まるで赤く焼けた鉄パイプを射されたような痛みだった。低く呻き声をあげると、それを打ち消すように、部屋の中に聞き覚えのある大きな音が反響する。もうなにがなんだか分からなかった。とにかく今は意識を保つことで必死だった。
「何・・・だってんだ」
はいつくばりながら、太ももを見ると、どす黒い鮮血が溢れ出ている。片方の手で押さえても、それは指と指の間からしたたかにこぼれていく。
「くっそ・・・」
一体何だというんだ。僕の体はどうしてしまったっていうんだ。
息も切れ切れに、どうにか立ちあがろうと全身に力を入れる。同時に右足が痛みに襲われ、僕は口元を歪ませた。