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熊野の熱い夏
【フェチ/マニア 官能小説】

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熊野の熱い夏-1

 森は暗く、閑寂な夜気を漂わせていた。勝浦駅から那智山行きのバスに乗り、「滝前」という停留所で降りる。こんなところに舞踏の合宿所があるのだろうか。私は合宿に参加する同じ大学の研修生のカオリとともに目的地の合宿所を探していた。しばらく行くと滝があり、その少し向こうに明かりが見えてきた。あそこが今夜の目的地だ。
「ジュンコ、なんだか凄いとこ来ちゃったね」「ここ、なんかバリの合宿所に似てない?」。私はカオリに言った。「うん、レイコ先生が言ってた通りだね。あ、サナエ先生だ、せんせーい!」。カオリは小走りになった。「待ってよ−」。私も後に続いた。
「サナエ先生、お久しぶりです」「カオリちゃん、よく来たね。この子がジュンコさんね?」「ジュンコです。よろしく」。サナエ先生はレイコ先生の門下生だった。そんなよしみもあり、レイコ先生の勧めで私たちはこのB塾の夏季合宿に参加することになった。

 当時、舞踏界を二分する勢力があった。S塾とB塾だ。S塾は洗練された演出で、ヨーロッパを中心に高い評価を得つつあった。一方のB塾はこの熊野の山に根を下ろし、アジア的で猥雑でエネルギッシュな世界を展開した。私もカオリもB塾の舞踏に惹かれていた。
「あなた達、バリはどうだった?」。レイコ先生が聞いた。「面白かったですよ。あたし達、村の芝居小屋みたいなとこで踊ったんです」。カオリが答えた。「そう、じゃあ今年の夏は熊野に行ってみなさい」「熊野って、もしかしてB塾ですか?」。私が聞いた。「わあ、楽しそう」。カオリは小躍りした。「でもカオリ、あの夏季合宿って凄い厳しいんじゃなかった?」。私は不安そうに言った。「大丈夫だって、あたし達、もう何度も鉄火場潜り抜けてきたじゃんよ」「カオリは前向きだなあ。でも、面白そうだね」。「サナエ先生にカオリは会ったことあるわね。今夜電話しておくわ。ちゃんとレポート書いてくるのよ」「はーい!」。

 私とカオリは中学の頃からの親友だった。私たちを繋いだのは器械体操だった。私たちは隣の県のライバル同士、でも私生活ではライバルという感じはしなかった。性格が全く違っていたからだと思う。カオリは好奇心旺盛なフロンティアタイプだった。中学3年の時、そのカオリが私に舞踏の世界を持ち込んできたのだ。初めて見たのはビデオでのマーサ・グラハム、それからピナ・バウシュ。ピナ・バウシュなんて、当時の田舎の中学生は誰も知らなかった。
 高校になると、私たちはなんとなく舞踏やってみようよって方向に話が向かい始めた。器械体操は長くやれないし、ずっと舞踏の方が面白そう。私たちは高校は違ったが、2年になると同時に退部届を出した。関係者は少なからずショックを受けた。私たちはそれなりに今後を期待されていたし、しかも同時にだ。でも二人にはなんの迷いもない。目指すはレイコ先生のいるN女子体育大だ。私もカオリもなんなくその入学試験をパスした。

 私とカオリは小さなコテージのようなところに案内された。他の学生は雑魚寝だから特別待遇だ。カオリは群舞の振り付けで新人賞を取り、舞踊協会内部でも注目を集める存在になりつつあった。私は舞踊団のナンバーツー。私たちはリーダー的な役割を期待されていた。
「カオリ、バリと一緒だ。星が降ってくるみたいだよ」「森の雰囲気とかもね」。その春、私たちはバリ中部のプリアタンという村にいた。そこにティルタサリという舞踊団の団長が経営するペンションがあり、私たちはそこにお世話になった。昼間はダンスを習いガムランを演奏し、夜は村の小さな舞台に立った。楽しい日々だったし、学ぶものも多かった。手の動きや顔の表情など、取り入れたいと思うことが多々あった。それにあの濃密な森と蛍と手の届きそうな星空、私たち二人は子供の頃に返ったように、地元の子供達にダンスを教えたりしてはしゃぎまわった。
 いろんな話がはずむうちに、私たちは時が過ぎるのを忘れていた。寝付いたのは深夜だったと思う。じつはこの夜更かしが、翌日の悲劇につながっていくのだった。


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