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バッドブースター
【学園物 官能小説】

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バッドブースターU〜姉とメイドと心の浮気〜-8

 佐々木佑助という少年は、全くといっていいほど怒りという感情を見せたことがなかった。それくらい、憤怒の念からは縁の遠い、温厚な少年だったのだ。
 その、藍の見る限り初めての烈火の如き怒りは、自分に向けられている。そのことを理解した藍は、
 崩れた。
「なんで、なんでそうなっちゃうのよ!」
 涙声で叫ぶ藍に、今度は佑助が怯む。
「どうして私が我慢しなきゃならないの? どうして不安にならなきゃならないの? どうして私だけを見てくれないの! 好きなのに!」
 矢継ぎ早に言葉を並べる藍。既にその顔は、哀しみしか映していない。
 それを見て、佑助は愕然となった。
「あの人は、佑助君こと、姉弟としてじゃなくて、好きなんだよ! そんな人のとこに、私を置いて、行かれちゃったら、私、どうしていいか、わかんないよ!」
 しゃくりあげながらの声は途切れ途切れになる。
「な……んか、私だけが恋してるみたいで、こんなのは……やだよっ……」
「でも、俺は……」
「わかってるよ……佑助君は、自分の周りで困っている人を放っておけない人。泣いてる人の側に駆けつけずにはいられない人――」
 そこで何かを思い付いたらしく、キッと目を細めて動揺している佑助と目を合わせると、
「あなたは、私と綾子さん、どっちを取るの?」
「え……?」
 急な話の展開に、佑助の思考はついていけない。
「私がここから逃げ出したら、佑助君はどっちを追うの? 中途半端は嫌だから、はっきり、決めてほしいよ!」
 藍は、佑助の返事も訊かぬまま、弓のつるから放たれた矢のように、勢いよく走り出した。
 階段を降りる音、廊下を走る音、引き戸の開く音、閉まる音――
 後には、呆然竦立とした佑助が取り残された。

    ※

 夕暮れの喧騒が、風を切る音と車輪の回転音にかき消される。人の波をすり抜け、信号を無視し、ペダルをこぎ続ける。
 佑助は、自転車に跨り、弾丸の如く疾駆していた。
(俺は、なんてバカなんだ……!)
 何度も、何度も、同じことを頭の内で反芻していた。
 中途半端、藍の言葉が蘇る。
 全てにおいて優柔不断、決断を下せない自分。姉の心情を何処かで察していながら、その心地さに酔い、結果を先伸ばしにしていた。
 そんな愚かな態度が、姉を傷付け、藍を泣かせた。
 よくもまあ、それで恋してるなんて言えたものだ、と思う。
 苦い想いを唾と一緒に呑み込み、気持ちを切り換える。
 まだ、訂正できる。
 まだ、やり直せる。
 まだ、終りたくない。

 佑助は、綾子を捜して、奔り回っていた。

――ケリをつけなければ、藍に会ってはいけない気がした。たとえそれが、藍の決めたルールに反していても。
「いた!」
 そこは公園だった。かつて、姉と共によく遊んだ場所。
 ブランコの脇にある木製のベンチに、綾子はうつむいて、腰かけていた。公園には他に誰もいない。
 ブレーキをかけると、スピードがありすぎたのか、自転車は砂の上をいくらかすべったため、佑助は転倒してしまった。
「ユウ……!?」
 綾子は眼前の光景が信じられないといった様子で、目を見開いた。
「姉さん……」
 砂だらけの体を叩きながら、荒い息を静めながら、姉に近付く。
 しかし、ある距離になると、佑助はそれ以上近寄ろうとしなかった。
「なんで、ユウがここにいるの……?」
 夕焼けに染まる顔に、涙の筋があった。佑助は、自分の足が彼女の方へ踏み出しそうになるのをなんとか堪える。
「藍を追い掛けなきゃいけないから」
 脈絡のない台詞だったが、正直な気持ちだった。綾子も、自分のためではないと理解した。
「やっぱり、彼女なんだね……」
「そうだよ」
 佑助は努めて淡々とした口調で返す。
「……私じゃ、駄目?」
 綾子の声は、震えていた。まるで、肌の薄皮一枚の下に爆発寸前の感情を無理矢理抑え込むかのように。
「私は、ユウのことが好き。姉弟だからとかじゃなくて、男の人として好き。『彼女』になれないのなら、体だけの関係でもいい。それは……駄目?」
「……ああ、駄目だ」
 佑助は、ゆっくりと、それでいてしっかりと、選んだ言葉を声にのせる。
「俺は姉さんのことが好きだ。でもそれは、姉さんの『好き』とは違う。俺が本当に、一番に、好きなのは……やっぱり藍だから」
 二人の間に、重い沈黙が漂う。七月の風が、なぜか冷たく感じられた。
「……そっか」
 そう言って、綾子は泣き顔とも笑い顔ともつかない表情になった。
 佑助から面をそらし、夕日を見上げる綾子。髪がかかって、佑助のほうから表情は読み取れなかった。
「そっかー、だめかぁ。じゃあ、しょうがないよねー」
 努めて明るい口調で話す綾子は、とても痛々しかった。もしかしたら、顔はくしゃくしゃに歪んでいるのかもしれない。
「ほら、さっさと行きなさい。こんなところにいたってしょうがないでしょ?」
 佑助はそこでようやく綾子が裸足であるのに気づいた。つま先からは血がにじんでいる。
「姉さん、自転車おいていくから……使って。裸足よりはいいから。俺は、もういくね……」
 そのまま佑助は駆け出した。
 振り返りはしなかった。振り返ることは、できなかった。
 これで……いいはずだ。
 そう思い込まなければ、やりきれなかった。


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