バッドブースターU〜姉とメイドと心の浮気〜-4
「うーん、見つかんないなぁ」
藍は、捜査の行き詰まりを独りごちる。
目的のブツがありそうな所は一通り漁ってみたつもりなのだが、それらしきものは全くでてこない。
佑助の部屋の時計が、藍が家捜しを始めてから一時間も経っていることを示していた。
(ちょっと休憩しようかな)
なんのためらいもなく、佑助のベッドにうつ伏せに倒れこむ。
横目で見る佑助の部屋には、自分が引き起こした惨状が広がっていた。物色したのはいいのだが、片付けをしていないのである。
(うう……あとでやらなくちゃ)
住宅街の合間を縫う、コンクリートの道路。
佑助は、重い足取りで帰路についていた。
あの後、意識を失う直前ですぐに藍に対して謝りに行くことを条件になんとか許してもらい、本来なら五限の授業を受けているはずなこの時間に、道路を歩いているのだ。
(だからって、どうすりゃいいんだ?)
ただ謝って解決すれば苦労しない。弁解は言い訳にしかならない。
(いや、そうじゃなくて)
根本的な事態の収束を求めるのなら、アレを捨ててしまえばいいのだ。
ただ、何というか、その――
(嫌だなんて言ったら、怒るよなあ)
別に断固拒否するつもりなどないが、捨てられてしまうというのは、なんとも惜しい。
「はぁ…」
明確な解決策を見付けられないことが、ただでさえ重い足にさらに枷を増やす。
どうであれ、解決法は自分が譲歩する以外にないという事を、なかなか認められない佑助だった。
自分の家に着いた。
鍵を取り出し、穴に差し込む。
「……?」
どうやら開いているようだ。不用心だな、と思いながら引き戸を滑らせる。
玄関に女物の靴があった。
硬直する。
そっと耳をそばだててみる。
音は聞こえない。二階のほうだろうか?
ゆっくりと、できるかぎり音を立てないように足を動かしつつ、階段をのぼる。
だが、その静寂の中のかすかな音を、藍は聴き逃さなかった。
(もう帰ってきたの……?)
佑助が藍の行動を察して帰ってきた。有り得ないことではない。
そんなにエッチな本を処分されたくないのか。そう思うと、無性に腹が立ってくる。
ベッドから起き上がる。ものを踏まないようにしながら閉めきったドアの前まで歩き、勢いよく開ける。
「こらぁ! 佑助! ……え?」
虚を突かれたのは、藍のほうだった。
目の前にいるのは、佑助ではない。
しかし、藍は、この人――女性を(直接の面識はないが)知っている。
正対するとよくわかる。やや幼さが残るものの、高名な彫刻家が造り上げた芸術のように整った顔は、たとえ同性であっても感嘆させられる。栗色のロングヘアーは、前回見たときとは異なり、軽くシャギーを入れている。服の下に隠された体は、控えめに言ってもスタイルがいい。
いちいち挙げていたらきりがない彼女の魅力。十人がみれば、十人が彼女を『美人』と称するだろう。
その美人を、藍は一度しか見ていないが、心には強く残っている。自分と佑助がつきあうキッカケとなった――かと言って感謝する気にはならない――その美人の名前は、
近藤綾子。
名字こそ異なるものの、佑助の実の姉だ。
「ふーん、あなたがユウのカノジョねぇ……」
綾子の射干玉のように黒く輝く瞳には、未だに猜疑の念がこめられている。
「だからさっきも言った通り、ホントなんですってば!」
何度も同じ説明をさせられたことに対する苛立ちと、目の前にいる、恋人のである美人に対する反抗心から、藍はムキになって声を荒げる。
しかし、綾子の疑念は当然といえば至極当然のものである。
綾子はこの家には住んでいないが、ここはれっきとした『綾子の家』だ。その『家』に見知らぬ少女が、弟の部屋を物色していたとなれば、カタギでない人に見られてもおかしくはない。
藍は既に弁解に三十分以上費やしていた。とはいっても、合鍵を見せ、自分が佑助の恋人であることを主張しただけなのだが。佑助に証明してもらおうかと思ったが、あいにく携帯に繋がらなかった。
「それで、ユウのカノジョさんは、どうしてここにいるのかな?」
「え、えっと……」
あくまで警戒体制を崩さない綾子と、しどろもどろになる藍。
理由を話せば少しは信頼を得られるのかもしれないが、客観的に考えると、なんとも恥ずかしいというか。馬鹿馬鹿しいというか……
(でも……)
忸怩たる思いに一通り悩んだ後、藍は事の経緯を話すことにした。
「へぇ……」
綾子はそれは聴き終えると同時に、少しだけ険しい表情を崩した。そして同性でもドキッとするほどの笑みを向けてきた。
「そういうモノの在り処なら、知ってるけど?」
「ホントですか!?」
藍は食ってかからんばかりの勢いで、綾子に詰め寄る。
そんな様子に綾子は苦笑を見せつつ、佑助の使用している勉強机に近寄り、一番下の引出しに手をかける。
「あれ? そこはもう調べて……」
藍の言葉を無視して、綾子は引出しを開ける。
その中に綺麗に整頓されて入っているのは、各種の参考書ばかりで、エロ本ではない。
だが、綾子はそのまま引出しを取り外してしまう。
すると――