「穴」-2
(・・・なんだ?)
目が暗闇に慣れてくるにつれて、それがなんであるか分かった。
壁に小さな穴があいていたのだ。
隣の部屋に面する壁に、小指の先ほどの穴がぽっかりとあいている。
確かに古いアパートだけど、そんなに老朽化しているふうでもなかったし、昼間にも何度も見ていたはずなのに全然気がつかなかったのが不思議だ。
(明日にでも大家さんに言わなくちゃな。)
最初はその程度しか思わなかった。まぁ、大学近くのアパートを安く貸してくれているんだし、あの人のよさそうな大家さんにいきなり文句を言う気もしない。それに、このぐらいならすぐに修復もできそうだ。
しかし、その細く差し込む光を見ているうちに、きっとこの光は隣の部屋の明かりが漏れているのだろうと、ふと、そんなふうに思った。
(やっぱり隣の人も同じ大学の人なのかな。)
僕は、なぜか引き寄せられるように、その穴に近づいた。
覗いてみたい。
無性にそんな衝動に駆られたのだ。
隣に住む人とは顔を合わせたことはない。どんな人が住んでるのか僕はまだ知らない。男だろうか、それとも女だろうか・・・。
他人の部屋を覗き見る。
僕の中では何ともいえない興奮と、罪悪感が沸き起こった。
欲望に素直な悪魔と、理性を保とうとする天使が現れて、僕を誘惑したり引き止めたりする。まさにそんな状況で、僕は迷った。
(少しぐらいなら大丈夫・・・大丈夫。)
しかし、僕は欲に負けてしまった。悪魔が勝ち誇ったように天使を蹴り飛ばし、僕に甘く囁く。
バレなきゃ大丈夫。
そうすると、不思議と心の中の罪悪感は薄れていき、ワクワクと気持ちが高ぶった。
音をたてないよう、細心の注意を払いひざをつく。
ちょうど目の高さぐらいだ。
両手で自分の体を支え、そっと壁に顔を近づける。
すると、思っていたよりもはっきりと、隣の部屋の様子をうかがうことができた。
(隣の人は女だ・・・)
きちんと整頓された室内は、質素ながらなんとも女性らしく可愛らしかった。
薄いオリーブ色で、半分より下のほうに葉っぱのような模様が散りばめられた品の良いデザインのカーテン。フローリングの上には、落ち着いた深いブラウンのラグ。オフホワイトで統一された家具。ぬいぐるみやらクッションがそこらじゅうにあるのも、小物がいちいち可愛いのも、いかにも若い女性の部屋といったふうで、すごくドキドキした。
(どんな人なんだろう)
僕はどんどん貪欲になっていく。
僕の中で、隣の住人のイメージがどんどん膨らんでいって、それを確認しなくては気が済まなくなってしまったのだ。