……タイッ!? プロローグ「覗いてみタイッ!?」-16
「え、だって香山さん、中学の頃から有名人じゃない。朝礼のときとかよく表彰されてたし」
「うん。だけど、なんでアンタが知ってるの?」
「それは、同じ中学だもん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。僕、影薄いから気付かなかった?」
「うん」
「酷いな。っていうか、同じクラスじゃん」
「そうなの? えー、うそ、いたっけ?」
大げさに言う彼女だが、冗談ではなさそうな様子には、気の長い紀夫でも呆れてしまう。
「もう……。でもさ、僕で力になれることないかな?」
自然と出る言葉に偽りはない。けれど、プランも無い。
「だって、こんなこと、誰に相談すればいいの?」
「そうだよね。いつも僕が見張ってるわけにもいかないし……」
今回はたまたま都合が良かっただけ。何時暴徒化するかわからない獣の牙から女子を守るのは、想像するより困難である。
「あ、イイコト思いついた!」
かといって、イイコトに良い思いつきがあったためしも無い。
「え、何?」
しかし、聞かないことには話も進まない。
「あのね、アンタがマネージャーになるの。女子陸上部のマネージャー!」
「え? だって、そんなの。いいの?」
「うん。マネージャーなら男子でも問題ないわ! それに、平山さんじゃ話にならないからね。よし、アンタ明日、入部届け持ってきなさい!」
「そんな……うん、わかったよ……」
彼が断れなかったのは、今回ばかりはただの優柔不断でもない。
ゴミバケツの上で芽生えた下心への少しばかりの贖罪の気持ちからかもしれない……。
**――**
「えっと、男子部員じゃなくて、女子部のマネージャー?」
放課後の職員室、愛理の驚いた声がこっそりと聞こえた。
「ハイ……。その香山さんがどうしてもっていうから……」
理由は時期ハズレの入部希望者と、その希望先。
「平山先生、彼はこう見えても陸上のことなら何でも知ってるんですよ。スポーツオタクで練習方法とかフォームとか中学の時からお世話になりっぱなしなんです。
ねー、紀夫」
隣では推薦人の里美が笑顔で新マネージャーの背中を叩いているが、当の当人はどこか困っているようにも見える。
「えっと、そうなの? 島本君」
「え、あ、はい……、えっと、近代スポーツで重要なことは、体にかかる負荷をいかに取り除くかと、新陳代謝の活発化とそれに伴う体温変化への対応、はては食品にいたるまでと、約ニ十種類からなります……それは……アミノ酸摂取時における体内時間、あるいは摂取頻度、さらに補強栄養素を充分に……」
スポーツオタクノリオは前日に里美から吹き込まれた情報に適当な漢字とカタカナ語を付け加えて披露する。もちろん、内容はでたらめだが……、
「うんうん、わかったわ。えっと香山さんの昔のコーチみたいなものなのね? それなら私より詳しいかもね。うん。それじゃあ陸上部のマネージャーとしてがんばってね」
同じく素人の愛理はすっかり騙されてしまう。難しい話、というよりは取り留めの無い話を遮り、愛理は入部届けを受け取り、部員名簿に彼の名を書き加える。
「えっと、それじゃあ一足先に部室に行きますね」
「うん。それじゃ練習、がんばってね……」
「はい……」
笑顔の二人とは対照的に、一人気のない返事を返す紀夫だった。
続く