〜prologue〜-3
「こちらが、アナタの住まいになります」
走り出して10分。周りの家々より高い場所にトラックが停まった。椎葉が案内してくれたのは小学校の近くにある小さな建物。役場と同じような外壁をした家だった。
「よっこい…しょっと!」
擦りガラスがはめ込まれた格子扉の玄関扉を椎葉が引き開ける。かなり古いようで、扉はガタガタと音を立てて開いた。
椎葉に続いて雛子は中へと入った。奥へと続く土間の左手に障子で仕切られた居間と茶の間。その間は木製の扉で仕切られている。
奥に進むと、タイル作りの台所。小さなプロパンボンベにひと口のバーナーが流しの横に鎮座する。
雛子は台所の突き当たりにある扉を開けた。そこは風呂場で、台所と同じタイルが貼られた湯船にコンクリートの洗い場があった。
──…こんなに広いところにひとりなんて、何だか勿体無いような。
雛子はこれから自分が住む事になる家に十分満足した。
「…それから。水は裏にある井戸を使って下せえ」
助役は風呂場の奥にある勝手戸を開けた。その先には、円筒状のコンクリートの上に手漕ぎポンプを置いた水汲み場と、風呂を沸かすかまどがあり、軒下には木切れや石炭が積んである。
「…あの、助役さん。この木切れって、私がやるんですか?」
雛子にすれば、焚木作りなどやったことが無い。その不安がつい口をついた。
「先生は東京の方だからやったこと無いでしょうな。でも、大丈夫ですよ。私も教えますから」
椎葉は屈託のない笑顔を雛子に向けた。
──つまり、やれってことなのね…。
今さらながら、雛子は後悔した。東京の実家から数百キロ離れた場所で初めての独り暮らし。──しかも、知り合いもいない土地で。
──でも、必ずやれる!なんたって私は、お父さんの子供だもん。
現実に悲観する暇は無い、未知の出逢いに己を奮い立たせる雛子だった。
夕方。雛子は移転先の居間に並んだ荷物の中でひと息ついた。
住む家に案内された後、雛子に運転手、それに椎葉も加わって引越しが始まった。
と言っても、タンス二つに衣装や日常生活品を詰めた長持ちが四つ。たいした量じゃない。
──小学校の赴任日は3日後だから、明日から家を片付ければ余裕ね。
運転手は帰って行った。
「では河野さん。私はこれで…何か分からなかったら、役場に居ますけえ」
そう言って椎葉も帰った。日が傾くと、美和野は全体が影にけむる。
──あッ!晩ごはんにお風呂の用意。
雛子は起き上がった。
手漕ぎポンプがある洗い場。そばに水が張ったバケツがあった。