〜prologue〜-2
それから月日は流れ、家族は再び東京に移り住んだ。
雛子も成長し、〇〇大学の教育学部に入学した。中学や高校で同性の同級生達は、卒業後に就職する者がほとんどの中、彼女は父親の理解もあって進学させてもらった。
そして、大学卒業と共に都内の小学校で教員研修期間を経て、赴任先が決まった。
その場所こそ──
「嬢ちゃん、あれが美和野村だよ」
谷を降りていくトラックの中から、雛子は自分がこれから赴任する場所に目を凝らした。
四方を山に囲まれ、すり鉢の底の様にわずかな平坦な土地に、点々と広がる住まいと田畑が有るだけの小さな村。
──私が以前居た長野の村より、ずっと小さい…。
近づくにつれて見えたのは、田畑の間を縫うようにうねった道と、その道に沿って建つカヤ吹きの家々。それに、昼間というのに村の周辺に人の姿が見えない事だった。
──…なんか、凄いトコ来ちゃったな。
雛子は、眼下に広がる村の景観を見て深いため息を吐いた。都会育ちの彼女からすれば、赴任先である分校の田園風景など初めて見たからだ。
やがてトラックは、田畑や家を通り過ぎ、小高い場所の広い建物の前に停まった。
「おじさん、ちょっと待ってて」
そこは小さな村役場だった。
白いペンキが塗られた木板の外壁は、周りから見ればずっとモダンな造りに見える。
雛子は洋風の扉を開き中に入った。
「こんにちは!」
薄暗い空間はひんやりとする。広い土間。大きく横に広がる窓口。そこには十数人の職員が忙しく机に向かっていたが、誰も雛子の存在に気づこうともしない。──まるで無視するかのように。
──ちょっと…何よ、知らんぷりして…。
印象の悪さに気分を害す雛子。その時、背後から彼女に声を掛ける者があった。
「あんた、ひょっとして河野さんかな?」
「そうですが…」
振り返り、雛子は不審な顔を浮かべて答える。目の前には、白髪混じりの作業服姿の男が立っていた。
しかし、男の方は逆に雛子を見てパァッと顔を輝かせる。
「ああ〜ッ、お待ちしてましたァ、助役の椎葉と申します」
「エッ!あッ、助役さんですか?」
「ハイッ!あなたが来られるのを待ってたんですよォ」
椎葉は、雛子の手を取ると深く頭を下げた。そんな事に慣れていない彼女は、ドギマギしてしまう。
「…あ、あの、助役さん。それよりも…」
「ああ、そうですな。これから案内しましょう」
2人は役場を出ると、トラックに乗り込んだ。トラックは砂塵を巻き上げ、元来た道を後戻りして行った。