冷たい指・女教師小泉怜香 A-1
その日、私は一日中ほとんど仕事が手につかなかった。
今朝、電車の中で思いもよらない相手から受けた不埒な痴漢行為。
その余韻で、私の頭の中はずっと痺れたような状態が続いている。
保健室の机に座ってパソコンを広げてはいるものの、明日までに書き上げなければならない「保健だより」の内容など、まったく浮かんでこない。
気がつけば、中庭越しに見える2年D組の窓ばかり眺めている。
あの教室の中に亮がいる――。
そう思うだけで胸が騒いだ。
中途半端で放置された身体ももちろん疼いてはいたが、それ以上にもう一度亮と会って話がしたかった。
亮が私にした行為について聞きたいことが山ほどあったし、自分が痴女のようなはしたない行動をとってしまった理由も最初からきちんと説明したい――。
それが教師としてなのか……
あるいは女としてなのか……
自分の中でも答えは曖昧なままだ。
とにかく、このままではモヤモヤした気分は晴れそうになかった。
『――ヤナぁ。帰りマクド寄ってかへん?俺むっちゃ腹減ったわぁ』
不意に廊下のほうから大きな声がした。
時計を見ると、もう部活終了時間を過ぎている。
『――あぁ、俺ちょっと保健室寄るから……今日パス』
……こ…この声!
その特徴のある低い声を聞いた途端、私の心臓は飛び出しそうなくらい跳ね上がった。
『保健室?―――練習中にコケたん?珍しいやん』
『――ああ。ちょっと消毒だけしときたいから。ゴメンな!』
『おぅ―――ほなお疲れぇ』
保健室の扉の磨りガラス越しに、亮のシルエットが友達に軽く手を振るのが見えた。
私の胸はありえないくらいバクバク鳴っている。
亮と話がしたいとずっと思っていたはずなのに、何故か逃げ出したいような気分になっていた。
そわそわして立ち上がると同時に、ガラリと扉が開いた。