盲愛コンプレックス-6
「な、尚之」
思わず、茜を抱きしめていた。
人目もはばからず――といっても、放課後だからか他に人はいなかったが――、強くきつく抱きしめる。
「茜」
俺は全身の力が抜けていくような感覚を覚えた。
小さな身体を解放して、戸惑った表情の茜を見つめる。
「幻滅なんか、するわけねぇって」
その髪をくしゃくしゃと撫でて、俺は笑った。
「俺はお前の全部が好きなんだって言ったろ?」
乱れた髪を気にするように頭に手を当て、少しばかり頬を膨らませて茜は言う。
「……さっきの、舞子をカノジョにしたいって言ってたことは?」
「う゛……」
その言葉に俺は一瞬顔を引きつらせるが、むっとした表情の茜に、素直に頭を下げた。
「ごめん! それは、マジで冗談なんだ。その、俺って……つい調子乗っちまうから……」
茜は仏頂面のまま、頭を下げた俺の頬を両手で抓った。
「ひてててて」
「……許す」
茜がそう言って手を離し、笑った。
「だって、おあいこでしょ? わたしも、尚之に誤解させた。これでチャラにしようよ」
「茜……」
俺は頬を押さえながら、笑う茜を見つめた。
「ひたたた!?」
そして、茜の柔らかな頬を両手で抓ってやる。
手を離し、にっと笑う俺に茜が噛みついた。
「な、何すんの!?」
俺は意地悪く笑う。
「だって誤解は誤解でチャラ、だろ? お前が俺の顔抓った分も、これでチャラ」
「………」
憮然とした表情で、茜はそっぽを向いた。
ったく、いちいち可愛い奴。
俺はそんな茜の肩を強く掴んで、再びその身体を抱きしめる。
「俺、勉強苦手だし」
「……それは、わたしだって」
「突っ走る癖あって」
「分かってる」
「お調子者だけど」
そう言うと、茜は俺の背に手を回した。
細い腕が俺を力いっぱい抱きしめる。
「全部、知ってるよ。いつも笑ってるくせに、本当は辛いことを抱えちゃうってことも。わたしだって」
俺を見上げて茜が笑う。
「わたしだって、全部ひっくるめて尚之が好きだよ」
「あ……かね」
俺も茜も互いを抱きしめ、お互いの体温を感じていた。
蒸し暑さなんて気にならない。
今は茜の熱さを感じていたかった。
俺はそっと茜の頬に手を這わせた。
ゆっくりと腰を屈め、すっと目を閉じた茜の唇に自分のそれを近付ける。
いや、近付けようとした、その時。
「坂田、舞子」
「「ぎくッ」」
俺の声に、背後からそんなふたりの声。
律儀にぎく、なんて声出さなくても――心の中で俺は呟く。
振り返れば廊下の角で、坂田と舞子がぎこちなく笑いながら俺に手を振っていた。
「あはは、別にわたし達に気にせず〜」
「そ、そうそう! 続きをどうぞ〜」
「あ、どうもどうも〜――ってんなわけねぇだろ!」
俺がノリツッコミから怒声を上げると、ふたりはくるりと踵を返して逃げて行く。
それを追おうとする俺の手を、茜は掴んだ。
「茜」
茜は辺りをきょろきょろと見回し、背伸びして俺の耳元で囁いた。