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盲愛コンプレックス
【青春 恋愛小説】

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盲愛コンプレックス-5

「おい、止め……馬鹿! 階段で、危ねえッ!」
無茶苦茶に腕を振り回す茜に、俺は思わずバランスを崩す。
ずる、と踵を踏み潰した上履きが滑った。
そして俺は仰向けに倒れ、階段にしこたまケツを打ち付ける。
そのままケツで階段を降りることを免れたのは、咄嗟に手すりに手を伸ばしたのと、片方の手を茜が掴んでいたからだ。
「……茜」
俺はケツを押さえながら立ち上がり、逃げるタイミングを逃した茜を見つめた。
俯き、今にも泣き出してしまいそうなその表情。
俺は何と声をかけていいのか分からず、がしがしと頭を掻く。
それから、息をついて口を開いた。

「正直に言えよ。どうして俺を避けんだよ」
「………」
黙りこくる茜に、俺は少し苛立っていた。
「やっぱり俺のせいか? 俺があんな風に迫ったから」
しかし、その言葉に茜は激しく首を横に振る。
「ち、違う! 違うよ保住!」
「じゃ、何なんだよ! 俺はこんなにお前のことが好きなのに……お前にシカトされて、どんだけ辛いか分かってんのか!?」
「……保住」
思わず怒鳴ってしまった俺を見つめ、茜は再び俯いた。
まただんまりだ。
何か、俺の中で苦しいものが渦巻いているのを感じた。
「なあ、分かってんのかよ! お調子者だなんて言われて、悩んでてもそれを外に出せなくて、心の中に苦しいもんをずっと溜め込んで……」
茜が俺を避けているのも、こいつに何か事情があってのことだって分かってた。
そしてその原因がおそらく俺にあるってことも。
だけど、俺自身の苦しい思いが口から出て行くと、それは茜を責め立てる言葉になってしまう。
「お前は俺のことを下の名前でも呼んでくれねぇじゃんか!」
そんな言葉を吐いて、俺は下を向いた。
情けない。本当に情けねぇよ、俺。

「……幻滅、しないでよ」
俯く俺に、茜が声をかける。
俺が顔を上げて茜を見ると、あいつは戸惑ったような表情で言った。
「わたし、保住に……尚之に幻滅されるのが怖かったんだ」
「え? え?」
言いながら突然泣き出す茜に、俺はうろたえた。
茜は制服の袖で涙を拭いながらぽつりぽつりと言う。
「あの時、すごく気持ちよくて……色んなところを触られる度にすごく感じちゃって」
ふるふると首を横に振りながら、茜は続けた。
「何かそんな自分が、すごくいやらしく思えて」
俺は俺で茜の話を聞きながら、胸の鼓動が激しくなるのを感じていた。
「それに、一度尚之のこと拒否しちゃったし、自分から誘うことなんてできなくて……」
尻すぼみな言葉と、段々と俯いていく顔。
少しの沈黙の後で、茜は顔を上げて言った。
「きっとこんなことを言ったら、幻滅するでしょ? だから」
「だから、避けてたっての?」
俺が言うと、茜は小さく頷いた。
「初めて下の名前で呼んだの……その時だった。尚之って言う度に、あの時のことを思い出しちゃって」
その時の俺は、多分何とも言えない顔をしていたと思う。
「ねえ、わたし、どうしたらいい? さっき教室で……わッ!?」
嬉しさと情けなさと、戸惑い、そして行き場を失くした怒りが混じったような顔。
俺はそんな自分の顔を見られたくなくて――いや、それ以上にあいつを抱きしめたいって衝動に駆られて。


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