盲愛コンプレックス-4
「悪いね、市原。放課後なんかに呼び出して」
「んーん。暇だからOKしたの。って、あれ? 坂田君も一緒?」
教室の外を眺めていた市原は、後ろから声をかけた俺とその後ろの坂田に気付き、そう言った。
坂田は笑みを浮かべたままで小さく頭を下げる。
「ちょっとな。保護者が勝手に付いてきちまったんだ」
「だーれが保護者だ」
笑みは崩さず、坂田は俺の頭を軽く叩いた。
「まあ、市原さんもこいつが何を訊きたいか分かると思うけど……少し時間作ってあげてよ」
「もちろん、そのつもり」
市原は言って笑み、窓際の席に腰かけた。
俺達もその近くの席に着くと、新しく買ってきたパックジュースをそれぞれの前に置く。
市原はありがとうと言ってまた笑い、ジュースにストローを指しながら言った。
「茜のこと、でしょ?」
「ん……うん、まあ」
何となく気まずいのは、市原が茜の親友だからだろう。
俺が言葉を濁していると、坂田が言った。
「保住、牧田さんに避けられてるんだって」
「……ハッキリ言うなぁ」
俺はストローから口を離し、横目で坂田を見やる。
「避けられてるって」
「市原も今日見たろ? 明らかに茜の奴、俺のことをシカトしてくるんだよ」
「うーん、そう、ねー……」
その時のことを思い出しているのか、市原は考えるように腕を組み、天井を仰いだ。
すると、ちょんちょんと俺の脇腹を突く男ひとり。
「何だよ、坂田」
「その原因らしきことを話さないと」
「でも、あんな話……女の子に話していいもんなのか?」
俺が言うと、坂田は眉根を寄せる。
「じゃあ、どうするの。漠然と、避けられてます、どうすればいいですかって訊いたって、市原さんだって回答のしようがないよ」
「ねえ」
小言を言う坂田に、市原が言った。
「市原さん、なんて止めてよ。同じクラスなんだし、舞子でいいよ」
市原はそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。
「腹を割って話してくれるんでしょ? ね、そんな他人行儀にならないでよ」
「……お前って、いい奴だな」
俺が言うと、市原、もとい舞子がからからと笑う。
そしておどけたように肩を竦めた。
「いまさら?」
「いやー、美人だしスタイルはいいし、性格もいいし。カノジョにしたいくらい」
じとっと俺を睨めつける坂田の傍らで言う。するすると出てくる、調子のいい言葉。
悩んでいるとはいえ、生まれつきこういう性格だ。そんな俺のお調子者の気質が悲劇を生んだ。
「……ッ」
――いつの間に、そこに立っていたんだろう。
そして、いつからこの会話を聞いていたんだろう。
そいつは、涙を湛えた大きな瞳を歪ませて、その場から逃げるようにして去って行った。
「茜!」
がたりと立ち上がり、俺は去って行く茜の背を呆然と見つめる。
聞いてたよな? 今の、完璧聞こえてたよな?
俺はどうしたらいいか分からず、坂田と舞子に視線を落とした。
ふたりは複雑な表情を浮かべて顔を見合わせると、揃って教室の入り口に視線を向け、こくりと頷いた。
行け、とでもいうふうに。
俺もまた頷いてから、教室を飛び出して行った。
「茜……茜ッ!」
廊下を全速力で走る茜。足は速いが、男の俺に適う筈もない。
階段を降りようとする茜の手を、俺は引っ掴んだ。
「ッ」
くしゃくしゃに歪んだ顔で、茜は俺の手を振り払おうとする。