Always the same sky-2
すまない。本当は、声に出して言ってしまいたかった。十年前だか、それ以前の僕に。僕は、僕自身の可能性を少しずつすり減らし、ここまで来てしまった。後戻りの出来ないところまで来てしまった。つまらない平穏を守ることに執着してしまった。でもさ、仕方が無かったんだよ。と僕は過去の僕をなだめるように言う。僕は僕なりに頑張ってここまでやってきたんだ。スポットライトが当たるわけでも、誰かに賞賛されるわけでもない、偉大でも、なんでもない、ただ平穏な日々を送るために、僕は大きなものを犠牲にした。今となっては、それがなんであったのかを思い出せないほどに。でも、それは仕方が無かったんだ。僕が、僕自身の可能性なんかよりも、それが大切だと思ったからだ。僕自身の可能性を潰すに値するモノにようやく出会えたからだ。大げさに言ってしまえば、かつてピアスホールに求めていたものが、もっとくっきりとした形で手に入ったからだ。
それを守るために何かを諦めることは、決して間違いではない。つまらない生き方だと、過去の僕は僕を罵ったとしても、断固僕は過去の僕に負けはしない。
その一方で、僕はあの日の僕に、確かに憧れを抱いている。
「たまには、飲みにいってきたら? 二人で」家に帰り着き、コーヒーをすすっていた僕らに、妻の母が提案した。娘は妻の母の腕の中ですうすうと寝息を立てていた。
「どうする?」と妻が僕に言う。
「たまには、いいんじゃないか?」
学生時代と合わせると、もう九年間も供に過ごした妻とは、これといった話題は何もなかった。冷淡な夫婦というわけではなく、元々僕らはよく会話を交わす夫婦だったからだ。つまらない冗談を言い合って笑いあったり、同じテレビドラマを楽しみに観て、それについての感想を言い合ったり。
だから、静かなダイニングバーという車があり、アルコールという燃料があったところで、僕らにはこれといった目的地は、特に何もなかった。僕らは特別話をするでもなく、テレビに映し出されるスカパーのPV特集のチャンネルをぼんやりと見つめながら酒を飲んだ。
無言のまま煙草を五本くらい吸い、四杯目のビールを飲み干したところで、ふと僕はいい加減何かを喋ったほうがいいんじゃないだろうかと思うようになった。妻の横顔をちらりと見ると、僕と同じ程度には退屈そうに見える。
では、何について話をするか?
後になって思えば、僕はこの時すでに酔っていたのだろう。僕の気づかないところで、血中のアルコール濃度は高まり、僕の精神は幾分か無神経になっていた。
「そういえば」と僕はようやく口を開いた。「ずっと聞きたかったんだけど」
「何?」妻は久しぶりのアルコールに頬を赤らめ、少しだけ退屈そうに反応する。
「昔のこと覚えてる?」
「どのくらい?」
「お前が、バスルームで眠っていた頃」
「ああ」と妻は少し考えるような仕草をする。「覚えてると思う」