「午後の人妻 童貞嫐りB」-6
由子は自分の自転車を押しながら、亨と肩を並べて歩いた。
山の端に傾いた陽の残照が、ふたりの身体を赤く染めている。
「亨クンは彼女とかいるの?」
「……いや……」
彼のぶっきらぼうな返事では、言葉の継ぎ穂を失ってしまう。
ほんとうはこの機会に彼とホテルに行く約束をして、
できれば日時の約束までしてしまいたかった。
しかし、彼の愛想のない返事では、
話をうまく展開して自然に誘うようにもっていけそうもなかった。
ふたりは店を出てから県道の歩道を歩いていたが、200メートルほど先の郵便局の角で、左と右に分かれなければならないのだ。
由子はどう切り出そうか逡巡(しゅんじゅん)していた。
その混乱のまま交す言葉もなく、もう郵便局の角まで来ていた。
「……じゃあ、オレはこっちだから……」
「……そう……じゃあ……」
ふたりは声をかけ合うと、亨が通りを左に折れ、由子は県道をそのまま進んだ。
由子は焦(あせ)った。
このまま別れてしまったら、
つぎに亨といっしょに帰れる機会など、
いつになるか分からない。
このチャンスを、
逃してはならないのだった。
そのことは十分に分かっているのだが、
でも、何と声をかけたらいいのか、
それが浮かんでこなかった。
心臓が早鐘にように打ち、
息をするのも苦しいくらいになっている。
別れしなの亨も、由子の言葉を期待して、別れがたい表情していたように思われた。
だが、
ふたりは無常にも、
道路を左と右に分かれて進んでしまっている。
やはり、
私には不倫のような大胆なことはできない。
夫を裏切ることはできない。
由子はすぐにも、そう自分を慰めて納得させようとしていた。
そう考えながら、深い慙愧(ざんき)の念にも襲われていた。
左右に分かれたふたりのあいだは、みるみる離れて距離ができていった。
すると、
早鐘のように打っていた由子の心臓が、
その動悸を鎮めて、
スーッと気分が軽くなっていくのだった。
由子は自転車を押していた歩をとめると、踵(きびす)を返し自転車を押し返して、小走りに亨のあとを追いはじめた。
自分の意思というより、
何かに導かれ、
衝き動かされてでもいるように、
勝手に動いているようだった。