偽り-4
「ご両親の話では、宣親氏に精神的悩みなど無かったと聞いたのですが、何かそのような雰囲気は?」
広親が顔を上げた。
「兄は殺されたのではないのですか?」
「何故、そう思われたのです?」
「…捜査1係といえば──殺人─という思いがあったモノですから…」
「現在、自殺、他殺の両面で調査中です。まあ、おそらく他殺でしょうが」
「それはどうして…?」
「詳しくは言えませんが、外傷からそうみています」
そこまで言うと、永峰は身体を前のめりにして広親を見つめた。刺すような眼差しだった。
「彼…宣親氏の遺体発見場所から実家までは約700km。あなたの自宅からは20km。
それ以前の足跡をたどれば、あなたと会った日に殺害されたと考えるのが妥当なんですよ」
──何を言ってるんだ、コイツは…。
広親は眉ひとつ動かさずに話に聞き入っていた。しかし、その目に映った狼狽えを永峰は見逃さなかった。
「…秋川さん」
静かな室内に通る永峰の声。
「700kmも離れた都会。知り合いはあなたしかいない。そんな場所で殺され、山の中に遺棄された人の心情とは如何ばかりでしょう?」
──コイツは知ってるのか?それともブラッフなのか?
広親は心の中で焦燥する。だが、表情はあくまで平静を装おうとする。──それが逆に異様に映ると気づかずに。
「ミステリー作家のあなたなら、そのあたりも詳しく分かるんじゃないですか?」
「…そうですね。驚きと言いますか、──何故、私がこんな目に─と考えるんじゃないでしょうか」
永峰の目が大きく見開いた。
「そうですッ!人の恨みを買う憶えが無い人間の場合、そう考えるのが自然なんです。
──広親さん─は正にそういう人物だったそうです!」
永峰の芝居掛かった言い回し。だが、広親には真意が分からなかった。
「あの、刑事さん。広親は私ですが…」
永峰の顔に嘲笑が浮かぶ。
「いいえ。あなたは──兄─の宣親さんですよ」
部屋の空気が一瞬、凍りついた。
「何をバカな!…いい加減にして下さいよ」
苦笑いを浮かべて否定する。しかし、頭の中は混乱していた。
「あなたは、一卵性双生児である弟の広親氏を殺害し、まんまとなりすましていた。違いますか?」
「そ…どこに、そんな証拠が」
広親──宣親─の目は混乱に陥っていた。
「確かに、よく考えられた犯行です。さすが──作家志望─の方だ。
しかし、私に言わせればツメが甘いですよ」
永峰は──ツメが甘い─をことさら強調する。
「ひと月前。広親氏殺害を考えたあなたは自らが失踪したように装い、前もって広親氏に会う約束をした。そして、殺害した後はアリバイ作りに出版社を利用した…」
「私は妄想に付き合うほど暇じゃないんですよ。刑事さん」
宣親は、やや落ち着きを取り戻した。──いや、開き直りというべきか。