偽り-2
『偽り』
ひと月後。
昇り始めた日光は、朝靄にけぶる郊外の住宅街を幻想的な模様に映し出す。
そんな様子に不釣り合いな──否、幻想的なら似合いな──スーツ姿の男がアパートの前に居た。
──何かが、音を鳴らしている…。
アパートの住人である男は、夢想の中で音を追っていた。
やがて音は次第に大きくなり、男の意識を揺さぶりだした。
ドン!ドン!ドン!──
男は覚醒の途中で、音が現実のモノだと認識した。
──まったくッ、誰だ?こんな朝早くから。
憤慨の形相を湛えてドアを開いた。そこには、初めて見る顔の男が立っていた。
「秋川…秋川広親さん?」
黒髪をきれいにとかし、スマートな顔立ちに鋭い目。大柄な身体を黒っぽいスーツで纏った男だった。
「そうですが…あなたは?」
広親は訝しげな顔でスーツ姿の男を見た。
「これは失礼…〇〇県警刑事課捜査1係の永峰です」
永峰と名乗った男は、警察手帳を広親に提示した。
「刑事さん、ですか?」
広親の顔に緊張が走る。永峰は視線を外さず頷いた。
「ええ。ところで、中に入れて頂けますか?」
「どういったご用件です?」
「あなたの兄である──秋川宣親氏─についてなんですが…」
広親はドアから離れ、永峰を中に招き入れるとイスを指差した。
「ああ…それでは…」
永峰はゆっくりとイスに腰掛け、部屋の中を見回した。
25平米ほどのひと間には、セミダブルのベッドに机と2脚のイス、寄木細工の小さなテーブルがあった。
「ずいぶんと殺風景ですね」
壁にはリトグラフだろう、2枚のレンブラントが飾られていた。
「必要なモノは、殆どこの中に入ってますから」
広親が指差す先、机の上にはノートパソコンが置いてあった。
「ああ…そういえば、作家さんだそうで。ところで、どういったジャンルを執筆されるんです?」
「それは、今回の聴取と関係が有るのですか?」
強い口調で問い返す広親に永峰は、一転、表情を緩める。