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煙煙 -もくもく-
【悲恋 恋愛小説】

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煙煙 -もくもく--1

苛立ちが目に見えるくらいであったと思う。

タバコを指に挟みミサトは部屋に一人、しかめっ面をしていた。
台所の換気扇の前。コンロの端には乗せた灰皿代わりのペットボトル。
中身はタールが溶け出した水で満たされていた。
誰かに言い聞かせるかのようにミサトは突然喋り出した。


「今この瞬間、貴方は私のことが頭の中にあるかしら。
すぐ簡単に嘘をつく貴方をどう信じろと?
いつも誰か傍にいるくせに、どうして私には一人でいろというの?
人を比べるなんて、何様のつもりなのかな。
秤にかける権利なんて貴方にはないはずなのに。
行き詰っている?そんなのしらねぇよ。矛盾だらけ。理不尽なことだらけ。
今この瞬間、私は『自分』を生きているはずなのに、
貴方にこんなにも囚われている私は本当に大馬鹿者だ。」


一気に吐き出したその言葉には心のこもった憎しみが乗っていた。
タールでよどむ水のような言葉と心と矛盾は、煙と一緒に換気扇の中に消えた。
ミサトは頬を伝った一筋の涙を腕でぬぐい、タバコをペットボトルの中に入れ蓋を閉めた。
顔をしかめることもなく、嗚咽を漏らすこともなく、
何事もなかったように眼からあふれ出たその涙に、驚きはなかった。



ミサトの相手は既婚者。関係を始めて1年とちょっと。彼はその前にも浮気をしていて、
妻がいる状態で相手に求婚までしたが振られていたらしい。
その後、何も知らずにミサトから彼に近づき関係を持つようになった。
求婚事件を知ったのは関係を持ち始めてから7ヶ月たったころだった。
彼との関係を知る数少ない知人からいきなり教えられた。

「彼、前にあの人と付き合ってたんだって。しかも結婚申し込んだらしいよ」

ミサトは呆れ、悲しみが胸に溢れた。それでも彼と付き合い続けた。
彼ことは好きだったし、もしかしたら自分も求婚されるかもしれないと勝手に期待していたのだ。
しかし先月彼から、「ミサトとの仲が行き詰っているように感じる」と告げられた。
ミサトは自分の心と時間を割いていたのを全て否定された気分になった。

でも彼を責める訳でもなかった。

恋愛になれていない訳ではない。
大学に入ってからは絶えず彼氏ができ、一人でいることはあまりなかった。
普通に人を好きになったし、浮気もしたこともある。浮ついてはいるが、
ごくありふれた恋愛をしてきた。そして遂に不倫という行為に手を出した。



ミサトはもちろん、知っている。

自分が愚かであることを。何事も全て、ミサトが選んだ道なのだ。
こうなることも、これから苦しむことも、選んだ道を歩いているからであって、誰のせいでもない。
自分だけを愛してくれる人を探していたはずなのに、既婚者を相手にするその矛盾が、
全ての矛盾を生み出していることも知っている。だから彼を責めるなんて事はしなかったし、
そのまま一緒に居ることを選んだ。でも少しずつ、鉛のようなものが心を支配し始めていた。


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