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恋の奴隷
【青春 恋愛小説】

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恋の奴隷【番外編】―心の音N-2

こんな日々がずっと続くと思っていた。まさか、自分のせいで彼女を傷付けてしまうなんて。いや、これまでも僕が無神経なために、傷付け続けてきたのだろう。
確かに、初めは夏音を利用しようとして近付いた。だから、何を言っても言い訳にしか聞こえないのは分かっている。『僕も協力する』なんて、ただの偽善者にしか見えないだろう。
大切なものを失ってから気付く。僕は本当に愚かだ。これまで散々、自分勝手にしてきたのだから、それは自分に返ってくる。当然のことじゃないか。

「葉月っ!」

保健室を出て、重い足取りで廊下を歩いていると、不意に後ろから呼び止められた。

「優磨…」
「あのまま何も言わなくていいのか!?」
「いいんだ。僕が夏音を傷付けたことに変わりはないから」

夏音の悲しそうに瞳を伏した痛々しい表情が、脳裏に焼き付いて離れない。胸が苦しくて、言い知れぬ切なさが押し寄せてくる。

「でも…っ」

優磨は悔しそうに唇を噛んだ。まるで、自分のことのように必死になってくれて。それなのに、僕は…。

―優磨は夏音と仲の良い友人の弟。何か情報が回ってくるかも知れない。
だから、近付いた。

僕が人と距離を置くのは、失うことを恐れているから。始めから失うものがなければ、傷付かずに済む。僕はそうやって自分を守ってきた。だから、人も所詮、僕にとっては“利用するもの”であって、友達なんて呼べる人は一人としていなかった。

「幻滅しただろ。僕は今まで非難されて当然のことをしてきたんだ。優磨にも悪いことをした。ごめん。もう迷惑はかけない」

優磨はじっと地面を睨みつけ俯いたまま、黙って僕の話しを聞いていた。後ろめたい気持ちを抱えて、立ち去ろとした時だった。

「関係ねぇよ。始まりはどうであれ、俺はお前と一緒にいて楽しかったし。今だって利用されてるなんて思ってない」

優磨はぱっと顔を上げて、悪戯っ子のような笑みを浮かべながらそう言った。
僕はとても困惑した。騙されていたというのに、何でそんなことが言えるのだろう………。

「馬鹿ッ、なに泣いてんだよ!?」

優磨が驚いたように声を裏返して。僕は自分が泣いていることに気が付いた。涙を流すのは何年振りだろうか。

「ごめん、僕…」
「もういいって!辛い時こそ手を貸してやるのがダチってもんだろ」

優磨の言葉に胸が熱くなる。少し前までは何の感情もなかったのに。
自分が傷付くことを恐れて、他の人を平気で傷付けてきた。自分では満たされているつもりなのに、いつも焦りと孤独が僕を追いかけてくる。それはきっと、人の優しさに見てみぬ振りをしてきたから。
僕にはないものをたくさん持っている葵が、ずっと羨ましかった。でも、葵のようにはなれないと、勝手に決め付けて。自分から心を閉ざしたくせに、僕自身が誰かの心からいなくなることが不安でたまらなかった。
彼女が僕の心を開いてくれたから、僕は人の優しさや痛みを知った。
失うことを恐れるよりも、築き上げていくことの大切さを知った。
彼女が僕を変えてくれた。
それなのに、僕は夏音に何もしてあげられなかった。傷付けることしか。
今の僕には彼女から離れることしかできない。
それが彼女の一番の願いだから。
本当はこの先もずっと、彼女の笑顔を隣で見ていたかった。
初めて自分よりも大切に思える人に出会えたんだ。
失ってから気付くなんてもう遅いけれど。

愛してる。
ごめんね、夏音。


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