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恋の奴隷
【青春 恋愛小説】

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恋の奴隷【番外編】―心の音N-1

Scene15―本当の気持ち

僕には1つ上の兄がいる。幼い頃の兄は、太っていて運動も苦手だし、のろまだから“ノロ”なんて、変なあだ名を付けられていて。バカにされているくせに、当の本人は何食わぬ顔して笑っているような変わった人だった。
ダメな子ほど可愛いってことだろうか。兄といる両親はいつもニコニコしていて、とても楽しそうで。頑張って両親の気を引いている僕はとても惨めだった。
僕だって好きで女の子の格好をしていたわけじゃない。母が嬉しそうな顔で僕を見るから。少しでも僕を見てくれている。喜んでくれて、褒めてくれる。僕はここにいていいんだって思えた。だから、嫌だとは言えなかった。自分が必要とされなくなるのが不安でたまらなかった。
いい子でいなければいけない。そう思えば思うほど、心が冷めていくのを感じていた。
兄が太陽なら、僕はその陽の光に決して当たることのない陰のようだ。交われば陰はなくなってしまう。
兄のように、僕はなれない。歳を重ねるにつれ、劣等感と嫉妬が入り混じって、敵対心だけが増していった。
“お兄ちゃん”ではなく、“葵”と呼ぶようになった時から、彼は兄ではなく、僕のライバルになった。

中学に上がる頃には、背もぐんと伸びて、のろまだなんだと言われていた幼い頃の面影はすっかりなくなって。スポーツ万能、成績優秀、までは僕も負けない自信があるけれど、昔っから人懐っこくてお調子者の葵は、僕とは正反対の人気者。いつもそんな葵と比べられることが何よりも嫌で仕方なかった。葵目当てに近付いてくる女もたくさんいた。利用しようとするなら、こっちが利用してやった。
醜く、歪んでいく心。冷たく凍りついていく感情。僕にはもうどうしようもなかった。

彼女と出会うまでは――。

当初、葵がずっと想いを寄せている人だと知って、僕は夏音に近付いた。
葵は学校でも目立つ存在だから、そんな彼の噂は僕の耳にもすぐに入ってきて。相手の女がどんな女か調べてみて驚いた。葵の初恋の人だったのだから。
夏音のことは僕もよく覚えている。昔は髪もすごく短くて、男の中に一人混ざってよく遊んでいた。女の格好をしている僕なんかより、全然男っぽい女の子だった。僕は時たま、葵達がサッカーや鬼ごっこをしているのを遠巻きに見ていただけだったが、葵は家に帰っても四六時中、夏音の話しばかりしていたものだから、記憶にも残っているのだろう。引っ越してからというもの、連絡すら取り合っていない様子だったから、葵がまだ想い続けていたことに正直なところ驚いた。
しかし、それは好都合だ。そこまで想いを寄せているのならば。もしも、夏音を僕のものにしたら、葵はどんな顔をするだろう。
それとも、うんざりするくらい執拗に振り回してやろうか。どちらでもいい。凛として、意思の強そうな彼女の瞳が僕を更に駆り立てる。
じっくりと時間をかけて楽しもう。そう思っていたのだけど。

僕はあまりに呆気なく、彼女に惹かれてしまった。ただ、彼女が僕に向けて笑いかけてくれるだけで、胸がトクトクと高鳴る。
今まで色目を使ってくる女はたくさんいたが、真っ直ぐに僕を見てくれた人はいなかった。実の母親であっても、僕に遠慮して僕の顔色ばかり伺っていた。
彼女は僕にたくさんの表情を見せてくれた。時に笑い、時に怒り、時に優しい目をして僕を見詰める。くるくる変わる彼女の表情は、僕を飽きさせなかった。自分が無表情なためか、彼女のその魅力に、僕はいつしか目を離せなくなってしまった。
彼女の笑顔は凍りついた僕の心を優しく包み込み、ほかほかと温かい気持ちにさせる。その気持ちに僕は戸惑ってしまった。でも、嫌じゃない。むしろ、心地良い。久しぶりに僕の中に訪れた平穏。人の温もりがこんなにも落ち着くなんて。
夏音と出会って彼女を知れば知るほど、確実に何かが変わっている。心の中に爽やかな風が吹き込んで、汚れた心を洗い流していくような。こんな感覚、今までなかった。
夏音に抱く感情が何なのか。人と深く関わりを持とうとしなかった僕にとって、これが恋かどうかなんて分かるはずがなかった。
ただ言えることは、もう葵にどうこうしてやろう、なんてそんな考えはどうでもよくなっていて。夏音が僕の隣にいて、僕に笑いかけてくれるだけで良かったということ。


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