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太陽は沈まない
【青春 恋愛小説】

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太陽は沈まない-2

 香奈は、リレーの決勝戦を行っている。
足は速くないが、少子化から自分の子供会の走者が足りないので、仕方なく走っている。
香奈は二人に抜かされていた、今にも泣きそうな顔だ。
後でまた慰めに行かなきゃならない。さっきの予選で、六年のアンカーの子が抜かさなければ、予選落ちで決勝戦を走る必要は無かったのに。

 運動会の翌日、僕は一日中机に顔を伏せて寝たふりをした。
顔を上げれば、昨日まで彼女の使用していた机が視界に入ってしまうから。
数日間誰も使用していない机を見て、僕はとてつもなく大事なものを失った事を実感した。彼女に何も言ってやれなかった事を、深く後悔した。
彼女とは、それから全くの疎遠になった。引越し先の住所も知らなかった。
あの頃、僕たちは何を信じ、何に怯えていたのだろう?
あれからたくさんの出会い、別れを経験してきた。だが彼女以外に恋愛感情を持ったことは無い。いや、持てなかったのだ。別れを恐れて人と近づきすぎないように暮らしてきた。
仲が良くなれば良くなる程、人を好きになればなるほど、別れはつらくなる。
・・・いや、それさえも嘘。
僕の中にはまだ、十年経った今でも彼女がいる。
彼女と過ごした時間が現実と並行して存在している。
いろんな思い出が風化し、今や小学校の同級生の顔を思い出す事すらかなわない。
ただ、彼女だけは色褪せることなく、今も僕の心を焦がし続けている。
彼女は、今も走り続けているだろうか?
彼女の中に、僕の走っている姿を見つけることができるだろうか?
僕は少し走り疲れてしまった。
走り続けた先に見えるもの、それは果たして価値のあるものなのか?

 歓声が僕を今に引き戻す。小学六年生が走っている。そろそろ、決勝戦も終盤のようだ。
香奈を悲しませる原因を作った女生徒は、また数人を抜かしている。
その彼女に抜かされている女の子もまた、泣きそうな顔をしている。
でも僕の視線を引き付けたのは、その泣きそうな顔ではなく、風に揺れる、彼女のハチマキだった。他の子とは明らかに違う、古ぼけたそれは、僕がかつて彼女に手渡したハチマキではないだろうか?
すっかり色褪せて、ほんのりとしたピンクになったハチマキ。
そのハチマキに書かれてある彼女に宛てたメッセージ。
あの日、言おうとして言えなかったメッセージ。
『ずっと忘れない』
その子の泣きそうな視線の先に、見覚えのある顔を見つけた。
僕は香奈を励ますために、シートの敷いてある場所に戻ろうとしていた歩の向きを変える。その歩みは、視線の先の人物を目指している。
その人物は、心配そうに走者を見つめている。
ねぇ、僕は、
心の中で囁きながら、歩みを続ける。
やがてそれは小走りになって。
僕は約束どおり、忘れてはいないよ。
その人物に向かって僕は声を掛けた。
「彼女にはこう言えば良い。泣く事は無い。走り続ける事が大事なのだから、と。」
その人物は振り返って僕の顔を見ると、すぐに涙目になって、言った。
「も・・もしかして・・・貴方は、」
十年前、彼女に宛てたメッセージ。
それは十年後、彼女から僕に宛てられてたメッセージ。
あの日から探し続けてきた笑顔を、そこに見た。
衰えを知らない日差しが、じりじりと痛い。
そうだ。
僕たちの夏は始まったばかりだ。
心を焦がす太陽は、沈んでなんかいなかった。


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