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太陽は沈まない
【青春 恋愛小説】

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太陽は沈まない-1

「しょうがないって、もう一度頑張りな。」
ふてくされている香奈を見て、しょうがなく慰めの声を掛けた。
頬を膨らませているその表情は、たまらなく可愛い。それは子供の特権といえる。
しばらく皆に背を向けていた香奈だが、親が
「じゃあ、これが終わったら好きなもの買ってあげる。」
と言うとすぐに目の輝きを取り戻して、昼食にありつくのだった。
僕は、「現金な奴だ」と思いながら、空を見上げる。
いかにも運動会らしく色とりどりの国旗が飾られている。
その国旗の向こう側からは夏の終わりを否定するように、照りつける太陽が輝いている。

 九月に入り、多くの学生が夏休みを顧みる頃、休みの長い大学生の僕は地元に帰ってきた。大学も二年目に入り、公けに酒も煙草もできる歳になった僕は、久しぶりに地元の友人と会い、飲みに行ったりしていた。互いの容姿の変化に驚き、今の生活を語り合い、昔の僕らを懐かしんだ。
授業を抜けて買い食いした事、テストを焼却炉に投げ捨てて帰った事、学園祭で自分の組の出し物が全く盛り上がらず、急遽、路線変更をしてカラオケ大会にして先生に怒られた事、誤って消火器を放出してしまい、校長室に呼ばれた事、そんな無茶な行為は、今となっては上手い酒の肴となっている。
あの日、確かに僕たちには羽が生えていた。
何処にだって飛んで行ける気がしていた。
いつしか僕らは、何処かで責任を背負い、羽を伸ばせなくなった。
あの日叫んでいた『自由』は、今の僕たちには届かない。

 九月も半ばになり、大学の方が気になり始める頃、いとこから連絡があった。
小学一年生の香奈が、僕に運動会を見にきて欲しいと言ってきた。
実家といとこの家は近くにあり、つい数年前まではよく、いとこの家に出入りしていた。香奈は今、僕の母校に通っている。断る理由も無い、快く受け入れた。
香奈は小さい頃から僕になついた。三人家族で上に二人の兄貴がいるにもかかわらず、いとこの僕を一番好いた。僕が面倒見が良いからであろう。

 当日、自転車で母校に赴いた。母校は何も変わっていなかった。
卒業してから一度も足を踏み入れていなかったので、彼是八年ぶりである。
運動会はすでに競技が始まっていた。
あまりの懐かしさに、僕は香奈の運動会より自分の面影を追った。
数多く去来する思い出。
そのすべてを時間を掛けて反芻し、そして今を見つめた。
ハチマキを締めて走る子供たち。
彼らは一体どこに向かっているのか。
そこに、自分の姿を重ねていく。
あの頃、僕は一体どこに向かっていたのか。

 小学四年生の僕。
十年前の運動会。照りつける日差しの中での紅白リレー。
赤いハチマキを締めて、懸命に走る僕がそこにいた。決して足の速いほうではない。
でも抜かされぬよう、離されぬよう、懸命に走った。
それを見る少女が一人。目には涙を浮かべていた。
 去年の冬、僕は彼女からバレンタインチョコを受け取っていた。
 顔を真っ赤にして俯きながら、手作りのチョコを渡す彼女。
 僕の顔も、負けず劣らず真っ赤だった。
 その時を思い出しながら、僕は走っていた。目には涙が溜まっていた。

 彼女の引越しを聞いたのは運動会の十日前。引越しの十一日前。
大人の都合で離れ離れになる子供たち。
僕は、自分を忘れられないようにするため、リレーの走者に立候補した。
足は速くない。でもそんな事は問題じゃない。
ただ、自分の走っている姿を彼女の目に焼き付けさせるために。
ただ、彼女の思い出になるためだけに。
『忘れるな、忘れるな』そう心の中で繰り返しながら走った。
一周を走り終える頃には、二人に追い抜かれていた。僕の頬には、小さな粒が滴っていた。
追い抜かれた事に対してじゃなく、離されていく事に悔しさを感じた。
その後、彼女に赤いハチマキを手渡す僕は、ただただ無力だった
。顔をぐしゃぐしゃにする彼女に、何も言ってやれなかった。
雲に隠れる太陽は、夏の終わりを告げていた。


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