光の風 〈回想篇〉後編-8
「皇子は、どうされるおつもりですか?」
聞いてはいけなかったのかもしれない。しかし純粋な疑問が頭によぎり、その言葉をそのまま口にした。
カルサは口の端で笑う。
「オレはもう、ここには戻らない。」
レプリカの目が大きく開く。何か言葉にしようと開いた口は、震えながら力なく閉じていった。
目の前でカルサが微笑んでいる。
分かってしまった。彼が何を思い、どうしようとしているかを。全てを背負った時に覚悟を決めていたのだろう。どの道を通ってもカルサの中の一本の柱は決して形を変えはしない。
「怒られますよ?」
唯一笑って言える台詞だったのかもしれない。
「いつもの事だ。」
小さい頃からずっと傍にいた。誰よりも分かっている。それでもカルサは全てを打ち明けられずにいた。ふいにある記憶が過りカルサは気持ちが沈んでしまった。
「レプリカ、サルスの横にいてやってくれないか?」
気のせいでなければ、二人は一緒にいる事が自然のように思えるとカルサは続けた。それは心の底から思う、彼の正直な気持ちだった。レプリカは微笑む。
「サルス様はお優しい方です。私のような者にも別け隔てなく接してくださる。高貴な血を持った、誇り高き御方です。」
なぜか切ない表情に染まってしまった。彼女の言葉の中には複雑な思いが見え隠れしている。
釣り合わない。
彼女はそれを気にしているように見えた。
伏せ目で視線を落とす。自信の無さと謙虚さが表れ、迂闊に言葉を発してはいけない気持ちに駆られた。身分の差は誰よりもレプリカが痛感していた。
「確かに周囲の反対はあるだろうな。」
カルサの言葉に顔を上げる。
「それを乗り越えられるかどうかだ。身分など二の次だぞ。」
真っすぐな言葉に思いが揺らぐ。レプリカは目を閉じて気持ちを落ち着けようとした。ゆっくりと目を開けて口にしたのは表情と同じ言葉。
「自分の事になると臆病で、困りましたね。」
切なく微笑む姿はまだ気持ちが揺れている事を表していた。
「微力ながら、お力添えはさせていただくつもりです。私はここでリュナ様をお待ちしなければいけませんので。」
そう告げた彼女の表情は燐としたものだった。これ以上その話はしないという気持ちの表れだったのかもしれない。
しかし彼女は寂しげな笑顔を見せる前、ふと思い詰めた表情を出した。
なんとなく違和感を覚えながらも彼女に応えなくてはいけない。そうか、とカルサが呟いた後はしばらく沈黙が続いた。それぞれが思いを巡らせ、今までと、そしてこれからを考えていた。