多分、救いのない話。-7--2
「……神栖さん?」
悪酔いと聞いた為か、少しおっかなびっくりな呼び掛けになってしまった。
「……だぁれぇ?…、」
彼女の声は聞いたことがないぐらい間延びしていた。声が潰れていなければ、或いは慈愛に似ていたかもしれない。
「私、奈津美。あの、大丈夫? 分かる?」
ソファーに毛布を被って寝ている彼女の耳には聞こえていないようだった。何かぶつぶつ言っているが聞こえないため、耳を近付ける。
「……ヒットエンドランでスタッフ呼んで三の倍数でアホになって世界陸上を実況したらグーグーグー……」
「…………」
なんだか流行りのギャグを言っているようだが、全くもって意味不明だった。
「えっと。もしもし?」
「……ヒットエンドラーン……が、……リビングに、キターー……1、2、サン、スタッフゥ……グーグーグー」
「…………」
途切れ途切れだが、それぞれ特徴をよくつかんで、結構上手かった。意外過ぎて思考停止。
ちょっとだけ放っておきたくなったが、目を見開いてぶつぶつ言っているのはこちらの精神的に色々クるので、とりあえず水を飲ませようと思った。保健教師ではあるが、二日酔いの手当ての仕方は詳しくない上、ある意味衝撃映像を目撃したため、水を飲ませた後は寝かせる以外に思いつかなかった。まあ、明日になって吐きたくなったら吐けばいい。ベッドに無理して運ぶより、ソファーで休んだ方がいいと判断。
「じゃあ帰りますね」
記憶に残らないだろうが、とりあえず断って帰る。リビングのドアノブに手を掛け、
「……慈愛」
――立ち止まった。立ち止まってしまった。
「……お母さんを……」
呟きは、何故か鮮明に耳に届く。
「……ついていっちゃ、だめ……」
聞いてはダメだと、直感が告げる。だが、水瀬は動けない。
「――あの男〈ヒト〉は――」
………………
……………
…………
………
……
「…………」
それ以上、何かが呟かれることはなかった。
そのままリビングを出、神栖家を後にする水瀬の胸に、疑問が更に膨らむ。あの彼女が、あそこまで言うのだから。何より自分自身、問いに応えなかった彼を信用出来ていない。
来週、訊かねばならない。葉月真司は、必ず何かを知っているはずだ。