DEAR PSYCHOPATH−9−-1
「このカレーおいしい!」
僕は少し早い夕食に、カレーを作ってくれたケイコさんに向かって感嘆の声をあげた。彼女のカレーは、そこらのレストランよりもよっぽどいい味だった。
何というか、口に含んだ時にくるピリッという辛さも去ることながら、その後で口の中全体に広がる、なんとも説明のしようのないこのまろやかさが、僕にとっては一番絶賛出来るポイントだった。
「美人の上に料理もうまいだなんて、神様はえこひいきだよなぁ」
「黙って食え!クソがきが!」
「!!!げっ!」
驚きで思わずむせる。怒鳴られたからではない。怒鳴ったのがケイコさんではなく、彼だったから驚いたのだ。
「チャ、チャールズ?!」
声を裏返しながら僕は目をむいた。まさか料理を作っていたのが彼だったとは、夢にも思わなかった。
「チャールズは料理が得意なんですよ」
僕の向かいで同じものを食べている流がうつむきがちに言った。明らかに笑いを堪えているのが、小刻みに震えている肩で分かる。僕は口も半開きのままで、もう一度チャールズの方を向いた。そこには、エプロンをしっかりと付け、髪を頭の上に結っているチャールズが、銀の丸いおぼんを持ったままで立っている。詐欺だ!と、叫びたいのを何とか堪えて、絞り出すように僕は言った。
「い、意外だな。料理が得意だなんて」
するとそれを聞いたチャールズが、頬から耳の先までみるみるうちに桜色に変えて、ついに吠えた。
「う、うるせぇ!そんなもん関係ねぇだろうが。お前は黙ってそれ食ってりゃいいんだよ!」
僕に投げ付けられたおぼんは、グワンッという音を立ててテーブルの上で踊り、部屋中には無駄吠えするチャールズの声と、僕の悲鳴、そしてその合間合間に流の上品な笑い声が響いていた。しかし、その時間も長くは続かなかった。チャールズが僕につかみかかろうとするのと、それはほぼ同時のことだった。ドアに、何か大きなものが無造作にぶつかるような、鈍い音を聞いて、僕らは全員動きを止めた。そしてわずかな沈黙を置き、ドアがゆっくりと開きだすと、チャールズが腰に隠し持っていた銃を、さっそうとかまえて息を殺した。まさかエド・ゲインではという予感が脳裏をかすめ、緊張は燃えあがる炎のように僕の体を熱くした。そしてドアが開ききった時、思わず自分の目を疑った。何とドアを開いたのは、体中をどす黒い鮮血で染めたカムヤだったのだ。僕は、胸のあたりから込み上げてくるものを無理やり押し込んで、彼から目をそらした。床に転がっているカムヤの体は、もうわけが分からない程汚れていた。
「カムヤ」
流が呟く。
普段は冷静な彼でも、やはり血だらけの仲間を目前にするとくるものがあるのだろうか。
「おい、流ちょっとまて!」
カムヤに歩みよろうとする流の肩を、チャールズがむしりとるように引いた。
「あれを見ろ、何かおかしいぞ」
彼の指さす方を見ると、なるほど確かにそれは妙な光景だった。
どこが傷かもわからなくなっているカムヤは、何か棒のようなものを腹の上で握った形で、僕らの目の前に倒れていた。しかもその棒はライトになっているのだろうか、手の中で付いたり消えたりと、短いサイクルで点滅を繰り返している。
「何で、カムヤはライト持ってるんだろ」
僕が言うと、突然チャールズがハッと我に返ったような顔で叫んだ。
「違う!あれはライトなんかじゃない!」
「え?」
僕の肩がビクッとはねる。
「逃げろ!爆発するぞ!」
驚いて振り向いた時には、既に彼の背中だけが見えていた。『爆発』そう聞いても、僕はチャールズの背中を追うことが出来ないでいた。何故なら、すぐそばで人が倒れていて、しかも彼らは僕らの仲間で、大怪我をしているのだ。見捨てて逃げるなんてこと、到底僕には出来ない