ラプンツェルブルー 第5話-4
僕らは肩を並べて、比較的空いた日曜日の昼過ぎの電車に揺られている。
細身のためか長身と思いきや、立ち止まって並ぶと、意外と小柄な――それでも女の子にしては長身ではあるが――彼女は僕の肩ごしにヘーゼルナッツの瞳を覗かせるくらいの上背だった。
「津田君は独りっ子?」
「兄貴がいるけど、自立して家を出てる。オヤジは単身赴任だから、母ひとり子ひとりってヤツ」
隣で細い肩が震えている。どうやら笑っているらしい。
「そういうのは母ひとり子ひとりとは言わないわ。でもそれで納得ね。津田君のお母さん、津田君の事がとりわけ可愛かったんじゃないかしら?ひょっとしたら、今も」
げっ。と思わず唸ってしまう。
それじゃ、まるでマザコンみたいじゃないか。いや息コンか?
「それ、冗談キツイって」
「……でなければ、男の子に読み聞かせないでしょう?『ラプンツェル』なんて」
確かに……。例えばベイブルースやシューレスジョーの話なんて読み聞かせてもらわなかったっけ。
「そっちは…お姉さん一人?」
これ以上マザコンだか息コン疑惑を掘り下げられてはたまらなくて、僕はさりげなく話題を逸らした。
「両親とイヌが一頭」
「一頭って……でっかいヤツ?」
「ボルゾイなの。名前はレオン」
「殺し屋!」
「そう、小さな女の子に雇われた殺し屋」
小さなアルトでくつくつと笑いながら続ける。
「でもうちのレオンはカミナリが怖いの。名前負けしてるかもね」
たわいもない話を交わすうちに、朝の電車で見ていた彼女のイメージは、例えるなら、フロストブルーからごく淡いラベンダーブルーに塗り替えられていくようだった。
彼女は多分人より少しだけ不器用で、傷つく事に敏感。だから知らず自ら壁を作ってしまうのだろう。
僕と同じリズムで電車に揺られる隣の人も、恐らく僕の印象を少なからずマイナーチェンジしているのだろう。
僕が降りる駅の二つ前で、彼女は僕に別れを告げた。あの事件もあって家の近くまで送ろうと提案したが、
「ありがとう。でもわたし意外と平気なの」
とさらりと交わされ、それまでとなった。
「気をつけて帰れよ」
当然ながら次の約束も、互いの連絡先のやりとりもないまま、僕の隣にはぽっかりと一人分の空間が残される。
彼女をホームに置いて再び走りだす電車の中で、さっきまで傍らにいた彼女の笑顔を記憶に残したのだった。