「午後の人妻 童貞嫐り」-8
「オレ……こんなバイトで小遣い稼ぎをしていますけど、これでもまだ童貞なんです。
この童貞は本当に好きな人ができるまで守っておきたいんです」
「何よ。
それ?……」
邦彦の言葉に、内藤夫人は少し鼻白んだようで、小さくつぶやいて口を噤(つぐ)んだ。
夫人には少年の気持ちが理解できないようであった。
だが、由子にはそれを理解できなくはなかった。
男と女では、男のほうが純情でロマンチストだということなのだろう。
それに少年の口から出た、
童貞という言葉を聞いたのは、
ずいぶん久しぶりの気がする。
「じゃあ、オレはこれで失礼します」
身支度を整え終えた邦彦が、そう言い残して出口のドアに向かった。
用件がすんだら長居は無用。
力づくで童貞を奪われないうちに退散、とでもいう勢いで飛び出していくのだった。
「可愛げのないやつ」
内藤夫人がその後ろ姿に言葉を吐きつけていた。
それから彼女は飲み残しになっていたジュースのグラスを取り上げると、ストローを口に含んでいた。
由子は心のうちで童貞という言葉を反芻(はんすう)していた。
忘れて久しい言葉だが、
改めて聞くと胸がキューンとなるような響きがある。
彼女のこれまでの男性経験は、決して豊かとはいえなかった。
夫を含めても片手で数えられるほどしかない。
その肌を重ねた男性たちは、いずれもがセックスの経験者であった。
つまり、童貞男性はひとりもいなかったのだ。
私の女はこのまま童貞男性とまみえることなく終えてしまうのだろうか。
由子の胸の奥に、そんな思いが兆(きざ)していた。
童貞男性と肌を重ねて、
筆をおろしてやること、
その行為には、
特別な感慨や興奮があるのではないか。
それを経験もせずに、
女を朽ちさせてしまうのは、
あまりにも惜しく、
つまらない気がしてきたのである。
それを思うと、何か胸の奥のほうがジリジリとして、苛(いら)だち急かされるような気分に襲われていた。
その苛だちがしだいに、
この容色が衰えないうちに、
経験しなくてはという、
脅迫めいた思いに変わっていく。
夫と結婚してから、不倫などは考えたこともなかった。
だが、童貞男性とまみえたいという願望だけは、どんどん膨らんで焦燥感(しょうそうかん)を煽ってくるのであった。