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 薬液のプールに浮かぶハヤチ。
 白磁の肌は液体を玉のように弾き、照明の光を受けて輝いた。
 シカミが少女に魅了され、呆気にとられていると、不意にハヤチは問い掛けてきた。
「シカミは大人になったら何がしたいの?」
 一瞬、何を言われたのか分からず、シカミは首を傾げた。
 ハヤチは同じ言葉を繰り返し、シカミはようやく合点し、答えを探した。
 考えを巡らせ、ようやく出た言葉は。
「ずっとハヤチと一緒にいたい」
 子供じみた答えにシカミ自身、恥じてうろたえたが、ハヤチはそれを笑うことはなかった。
「私もそうできたら良いと思うよ」
 微笑むハヤチ。
 シカミは舞い上がり、かねてより考えていた事をハヤチに提案した。
「今度、ホログラムデッキの予約が取れたら一緒に高原プログラムを楽しもう」
 自分でも驚くべき大胆さであったが、少女はあっさり快諾した。
 しかし、その約束が果たされることはなかった。
 シカミは喜び勇んでホロデッキの予約を申し込んだ。
 七日後には高原でのデートが叶う筈だった。
 ところが、ハヤチはその前日にシカミの前から姿を消した。
 ハヤチは本物の風を感じようとしたのだ。
 シカミ達の居住する施設には物資を搬入するゲートがある。
 ハヤチはそのゲートから防護服も着ずに外に飛び出したのだ。
 死体は悲惨な状況であったが、誰の目にも触れることなく適切に処理され、居住者にはその報告だけがされた。
 知らせを聞いたシカミはにわかには信じられなかった。
 本当なら今頃二人で高原プログラムを楽しんでいる筈だった。
 ハヤチはずっと一緒にいたいと言ってくれたのだ。
 茫然自失となってホログラムデッキに向かうシカミ。
 格子模様の刻まれた床に立つと、一人でプログラムを再生する。
 どこまでも高い蒼穹に白く輝く雲は穏やかに流れ行く。
 しかし、草花の匂いも土の匂いもしない。
 埃と合成樹脂の香。
 頬を撫でる風は空調機から吐き出された乾いた風。
 花も虫も指をすり抜け、岩に腰を下ろすこともできない。
 此処には本当の事なんて何一つ有りはしない。
 誰が世界をこんな風にしたのか。
 それでも、ハヤチが居てくれたなら、紛い物の世界だとて輝いて見えたろうに。
 うずくまり、顔を伏せるシカミ。
 予定の時刻が過ぎ、映像が消されてもシカミはその場を動こうとはしなかった。
 次の予約を入れていた者がシカミを促すと、ようやくのろのろと立ち上がりホロデッキを後にする。
 結局、自分の部屋に戻ったシカミはベッドに横たわった。
 しかし、酷く疲れているように感じているにも関わらず、頭が冴えて眠れない。
 色々な事が頭に浮かんでくるのに、まとまった考えは何一つ出てこない。
 取り敢えず大きな声を出してみる。
 叫んでみる。
 すると、何かが窓を叩く音がした。
 硝子を何度も叩く音がした。
 半身を起こして窓の外を見ると、そこには死んだ筈のハヤチが立っていた。
 一糸纏わぬ美しい少女が、窓硝子を叩いて微笑んでいる。
 慌てて窓を開け、外に出ようとするシカミ。
 少女はからかうような悪戯ぽい笑みを浮かべて後ずさる。
 窮屈な窓からやっとのことで這い出すシカミ。
 少年が外に出ると、ハヤチはシカミの顔を覗き込んだ。
 月明かりに照らされたハヤチの顔は見たことがないくらい生気に溢れていた。
 無邪気な瞳に見つめられ、思わず目を逸らすシカミ。


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