恋の奴隷【番外編】―心の音M-1
Scene14―嘘と強がり
「ん……」
「夏音!」
目を開くと、ぼんやりと人影が見えた。何度か瞬きを繰り返し、重たい瞼を持ち上げると。柚姫がすっかり眉を下げ、心配そうに私を見つめていた。
保健室独特の消毒液のにおいが鼻をつく。私はあのまま、気を失ってしまったようだ。まだ熱を帯びてじんじんと痛む頬から、さっきまでの出来事が現実だったのだと思い知らされる。
「ひくっ…良かったよぉ…」
緊張の糸が切れたように、突然、柚姫は両手で顔を覆って、泣きじゃくる。
「ほら、柚。もう泣くのはよせよ。こうして無事だったんだから」
そう言って、優磨君が諭すように柚姫の背中をさすってやる。
「うぅっ…ほんとに無事で良かった…!」
柚姫は目にいっぱい涙を溜めて小さく微笑む。
ベッドから身体を持ち上げようとすると激痛が走った。
「っ……!」
「ダメだよ、安静にしてなくちゃ!夏音、階段から落っこちたんだよ?覚えてる?幸い、打撲だけで済んだみたいだけど……」
「ありがとう…柚姫のおかげなのね」
「ううん、柚じゃないの、葉月君のおかげだよ」
そうだ、薄れる意識の中で、葉月君が私の名前を呼んでいた。
――物々しい様子で私が連れて行かれるところを見たと、あの時廊下に居た子達が柚姫に知らせて。
たまたま通りがかった優磨君と葉月君に事情を話し、手分けして私を探して。
柚姫達が来た時には、葉月君に抱き抱えられるようにして私が気絶していて、その脇では冴島さん達が青い顔をして呆然としていたという。
「葉月君は……?」
「あのまま、冴島さん達と一緒に先生に連れて行かれたの。多分、事情を聞かれてるんじゃないかな」
「そう……柚姫達にも迷惑掛けて本当にごめんなさい」
「迷惑だなんて思ってないからね?許せないのは冴島さんだよ!」
「私にも悪いところはあったのよ……」
「夏音は何も悪くない!!柚が一番分かってるもん!夏音を一人にさせちゃいけなかったの…ヒデから言われてたのに……こんなことになったのは柚のせいだよ…ごめんなさい……」
柚姫はそう言って、しょんぼりと肩を落とした。
どうやら、柚姫は私が冴島さん達から目を付けられていることに気が付いていたようだ。
自分のことだと言うのに、気が付いていなかったのは私だけで。居心地の良さに甘えて、逃げてばかりいて。傷付くのを恐れて、結局は自分のことしか考えていなかった。
「柚姫が謝ることじゃないわ。むしろ、感謝してる。心配してくれて、今もこうして私の側にいてくれてる。それだけで私は嬉しいのよ」
「そんなの当たり前だよ。夏音は柚の大事なお友達だもん。柚がいじめられてた時も、夏音はいつだって側にいてくれたでしょ?守ってくれた。いつも柚は夏音に助けてもらってるのに…柚だって夏音の為に何かしてあげたいの。一人で抱え込まないで。もっと柚にも頼ってよ」
柚姫はスカートの裾をぎゅっ、と握りしめて、唇を震わせながらそう言った。