密心〜かのきみの〜-2
まだ蔵ノ介さましか知らぬ私には仕事もなく、以前と変わらぬように姐さん方や禿方のお世話もさせていただくことで恩を返していた
ただ水仕事は目に見えて減り、……あかぎれは少しずつ減っていたのがすこし誇らしかった
そんなわずかに見目のよくなった手を絡め、握り、いとおしむように撫でられながら私は続きを促した
――のちに聞くのではなかったと後悔しても
あのときは促してしまった
『かのと申す乳母は年若く、よく働く良い娘であった。いつも俺を背負いながらもこまごまと働いて叱られるような……そんな姿を一番に覚えておる』
柔らかな眼差しに眦に皺まで寄せ、顔を緩められる蔵ノ介さまにかのさまの存在の大きさと尊さを垣間見え、私まで顔が緩まるようだった
『かのさまは今は…?』
それをきけば蔵ノ介さまは驚くほど顔から感情をなくされてしまわれた
『嫁にいった』
それだけを簡潔に仰られたかと思えば、蔵ノ介さまは私の手を体ごと抱き抱えられ耳に囁いた
『働き者の手を、かののような手をもつ者なら相手に選ぼう……そう供に申した。遊廓広しと言えどいないと思った。遊ぶつもりなどなかったからだ。ただ……そなたがいたのだ』
耳に、入る言葉が、痛い
『……かのさまを、好いておられんしたか?』
ありったけの心をもってしても聞くのは声が震えてしまった
蔵ノ介さまは気づかれないだろう……
気づかれなければいい
『あぁ。思えば初恋だろうと今では思う……それほど好いていただろう』
泣き出しそうなそれでいて優しい目をして……蔵ノ介さまは仰られた
かのさまを好いていた
蔵ノ介さまに好かれた方…
ほら
ほら、――やはり
やはりそうなのだ
私はみそっかすだもの
私はきっと供の方を納得でもさせるための言い訳にだされたのだろう
――求められてない
――ただ偶然いたから
蔵ノ介さまはきっとかのさまを今でも好いておられる