卒業〜ある二人-1
普段は着ないスーツに少し息苦しさを感じた。胸ポケットの中から煙草の箱を取り出す。三日前から厳しくなっていた冷え込みは、とうとう今日になって初雪を降らせるに至ったらしい。
もう一度胸のポケットをあさり、煙草の箱よりも二回りほど小さい物を取り出す。鈍い銀の輝きを持っていたジッポは、雪が降る時独特の鈍い闇を吸い込んで輝きを失っていた。
「まだそれ使ってるんだ」
ちょうど火をつけようとしたときに後ろから聞こえた声は、あの頃から全く変わってなくて。だから変に理由付けなんか考えないで、まぁなと一言だけ返した。
後ろの奴からもらったジッポを眺めてみる。所々に傷が付いているのは、持ち主の性格だろう。少しだけ、昔を思い出しそうになる。
「あの子、綺麗になったよね」
こいつが言っているのは今日の花嫁のことだろう。確かに、綺麗になった。まぁ最後に会ったのが中学の頃だったから、ある意味で変わるのは当然だが。
何年ぶりだろうか。旧友達と会ったのは。
そして、こいつと会ったのは。
憶えている最後の思い出は、確かこんな寒い日だった。雪が降ればあの頃と全く一緒だろう。
あの思い出から何年か経って。何が変わったとか、変わらないとか。もうそんなのは数えきれない変化の中でどうでもよくなっていて。
ただ、その中でも最も変わったのは、こいつが隣にいなくなったこと。最も変わらなかったのは、きっと未だに同じジッポを使っていることだろう。
近くの公園にさしかかった辺りで、タバコが濡れたのに気付いた。
「……雪だ」
後ろからの声には、どんな感情が含まれているのか。もう、それすらもわからない程に時間が流れていた。
きっかけはなんだったろう。
初恋だった。