密心〜みそかごころ〜-1
みそか
それが私の名前だ
牡丹花魁がつけてくれた、私の花名(はな)
年を重ねても、芸も身づかない、舞いも舞えない……みそっかすのような私には名すらなかった
名すら、なくて……当然だ
ただの穀潰しなのだから
だから――名すらない
――はずだった
ただ花街、祇園、『蜜花世』(みつかよ)の花魁として花街ならず都の憧れを一身に受ける牡丹姐さんだけは私に優しかった
みそっかすなれば、名は『みそか』だねぃ
そう呼ばれてから私の名前はみそかになった
憧れの姐さんがつけてくれた私の名前
私の花名
姐さんづきの禿として、禿を卒業せねばならない齢で振袖新造になろうとも、役たたずでも追い出されもせず、酷い客をあてがわれなかったのも、すべて牡丹姐さんのお陰だと知っている
客をとらない私は姐さま方や禿仲間の料理や湯屋の用意、掃除をするのが日課になっている
ただ……居もせぬように、牡丹姐さん以外には私はなきものとされている
公然といないものとされているのだ
それは酷くさみしい
ここで、男が買い求める世の蜜だけを知らぬまま、女ばかりの辛酸を舐め果てていくのだろうと、このときの私はぼんやりと毎日思っていた
醜いあかぎれに割れ薄汚れた手のひらを見ながら
「みそか、客をとってくれんせぬか。ぬしにしか頼めんせん………ホンに悪ぅ思うてありんす」
そう……牡丹姐さんにそう言われるまでは、私は一生花街で生きながら、男を知らぬ体の代わりに下働きをして生きるのだと思っていた
来ないはずと決めつけていたものが来ると、人は意外と納得してしまうものなのだろう
「それは……、姐さん…わかりんした」
それからは目まぐるしく…私には珍しく感じる湯屋に通され、初めてのような化粧をされ、おそれ多いほど美しい簪で髪を乱れなく人に結われ……すべて他人の手により美しくされる私は別人のようだった
通された先にいたのは美丈夫という以外言葉もないほど見目麗しい方だった