恋の奴隷【番外編】―心の音L-6
「あ、ごめんなさ…」
「ちょっと、気をつけてよね」
ぶつかった相手は他クラスの女の子だった。彼女は私を睨んで、冷たくそう言うと、隣の子と目配せして、薄く笑いながら私を追い越した。わざとぶつかってきたように見えたのは気のせいだろうか…。
「何あれ…夏音、大丈夫?」
柚姫が心配そうに私の顔を見詰めていたけれど。
「大丈夫よ」
ざわざわと嫌な予感に胸が騒ぐ。締め付けられるような胸の痛みを抑えて、私は平然を装い柚姫に笑って言った。
それからも、誰かに見られているような視線を感じて。つい、窺うように周りを見るのに必死になってしまうのだけれど。何でもない、と自分に言い聞かせていた。
「あっ!ノート置いてきちゃった」
「まだ先生居るんじゃない?戻りましょ」
「ありがとう。でも平気。次の授業始まっちゃうし、夏音、先に教室戻ってて?」
移動教室の後、柚姫は忘れ物を取りに、廊下を引き返した。
「結城さん」
小走りで廊下を曲がった柚姫の後ろ姿を見送り、私も教室へ戻ろうと向き直ると、不意に他クラスの女の子達に呼び止められた。
「ちょっと話しがあるんだけど」
その中でも、リーダーのような雰囲気を漂わせている真ん中の一人が、口元に笑みを薄く浮かべてそう言った。確か、名前は…冴島 万理奈【さえじま まりな】。つい先日、廊下でぶつかった人だ。
なんだか嫌な予感がして、私は顔を強張らせる。
「何かしら…」
「ここじゃ少し目立つわね…」
冴島さんはちらりと周りの様子を窺うと、廊下の突き当たりにある非常階段の方に視線を向けて、取り巻きに指示を促す。いつの間にか囲まれていて、私は諦めて彼女の後を付いて歩いた。
「さて、と…結城さん、あなた何で呼ばれたか分かるでしょ?」
口元は笑っているのに、その目は全然笑っていなくて。その不気味さに背筋がぞくりと寒気立つ。
「…いいえ、覚えがないわ」
「それなら単刀直入に言ってあげる。あなた目障りなのよ」
口火を切ったように、取り巻き達が口を揃えて、男好きだと私を罵る。
思い出したくもない過去の記憶が頭の中を駆け巡り、身体中が悲鳴を上げて、ガタガタと震え始める。
「葵君だけじゃ満足出来なかったのかしら、弟の葉月君まで手なずけて。調子に乗るのもいい加減にしなさいよ」
後ろから両腕を抑え付けられて、身動きが取れずにいると、平手打ちが私の顔に叩き込まれた。その後も何度となくパシン、と乾いた音が鳴り続いて。私はきつく目をつぶって、ジンジンと頬を走る痛みに必死で我慢した。