恋の奴隷【番外編】―心の音L-3
「おは…」
「キャー!なっちゃん久しぶり〜!会いたかったわぁ〜!」
「ぐ、ぐるじぃ…」
私の挨拶は朱李さんの体当たりとも言うべき、強烈なハグによって言い終わることなく消え入ってしまった。
「か、母さん!ナッチーが死んじゃうだろ!」
「あら?ふふふ、私ったらいけないいけない!」
意識を手放しそうになっていると、やっと朱李さんの腕が私の首から解かれた。不規則な呼吸を整えて、うっすら涙を浮かべつつ、声のする方に振り向くと、
「ノロ…?」
茶目っ気たっぷりの朱李さんの脇で、ノロは困ったように眉を吊り下げている。
「あれっ来ないはずじゃなかった?」
「葵ちゃんったらね、葉月ちゃんが行くって言った途端…」
「だぁーッ!!そんなこといいから、早く行こうぜ!!?」
朱李さんが口を開くと、ノロは大声を出して慌てて話しを遮った。
「だって葵ちゃんが…」
「ちょ、ちょっと待った!!」
にやにやと笑みを浮かべながら話しを続けようとする朱李さんと、それを必死で制すノロをきょとんと見詰めていると、
「ちょうだい」
不意に後ろから手が伸びてきて、持っていた容器を取り上げられた。振り向くと、葉月君が怪訝そうに顔をしかめて口元を歪ませている。
「あま…」
「な、何よいきなり」
「いらない」
一口啜っただけで、困惑したように眉を寄せて、容器を突き返された。まだ半分くらい残っているけれど、口を付けるのに躊躇ってしまう。間接キス―なんて考えていたら頬が熱くなってくる。すると、さっきまで朱李さんと言い合いをしていたはずのノロが、私の手の中で行き場に困っていたミルクティーを取り上げ、ごくりごくりと喉を鳴らして飲み干していくわけで。
「ナッチーのなんだからな!勝手に飲むなよ!」
呆然とその光景を見ていると、ノロは葉月君を睨んでそう言った。
「それは葵ちゃんでしょ!」
「イデッ!」
ノロは後ろからパシッと朱李さんに頭を叩かれてしまい、お詫びに、とジーンズのポケットからおもむろに取り出したのは、紛れも無く牛乳パックだったわけで。
「い、いらないわよ!!」
とゆーか、何でポケットから牛乳…?
先行きが不安だわ……。
それから、朱李さんの行きつけのお店を何軒か回って、次々とノロの腕に紙袋がぶら下がっていく。荷物持ちをあんなに嫌がっていたのが、今となってようやく理解できた。