王子様と私3-1
もう三年ほど前から、王は肺を患っていた。
第五領の医学でも太刀打ちできず、ただ弱弱しく肉体が薄くなってゆくのを見守るしかできないという。
現在は政事の一切を姉姫様と王子が大臣たちと共に任され、床に伏した王を妹姫様が看病する、という家族のうつくしい図が出来上がっている。皮肉っているわけではないが、結果的にはそれが皮肉になってしまった。
何が皮肉か、それは跡継ぎ問題である。
この国は男子が跡継ぎになるべきだとか、長子がなるべきだとか、そういった決まりはない。
政治的手腕を理由に、王は以前から王子を指名しているらしいが、姉姫様を推している大臣たちも多い。
確かに威厳に溢れ統率者として信頼できそうなのは、間違いなく姉姫様の方である。王子が頼りないわけではないが、彼女の方が貫禄があるというか、とにかくどっしりと構えていて、さらに時折うかがえる愛嬌には親しみを覚える。
王子はとても端整ではあるが、冷淡な印象がぬぐえない。私も彼を知るまで、微笑みが嘲笑に見えたくらいだ。
どちらが民に人気があるのか、考えずとも答えは明瞭だ。
たぶん、姉姫様の夫であるクライブ様が有力商人出身ということも、原因のひとつにあげられるのだろう。
城もある第十領は、商人の街である。その中でも有力商人のほとんどは未来、大臣になる、というが通例となっている。クライブ様の父親も当然大臣として名を連ね、我が物顔で城を闊歩しているのだ。
次期大臣は現大臣の推薦というのが、この流れを作ってしまった原因だろう。賄賂さえ贈れば、金さえあれば、という黒い気持ちが透けて見えるようだ。
クライブ様そのものは、決して嫌いではない。温和で、おおらかで、そしてフレイに負けず劣らず整った容姿である。気高く豪快な姉姫様の相手としてはこれ以上ない。
私にどうこうできる問題ではないが、読めない未来に不安になる。
王子は私に何も言わない。
彼は玉座に座りたいと考えているのだろうか。
ぼんやりと思いに耽る私を、現実に引き戻したのは食器のかしゃん、と澄んだ音だった。
「ごめんなさいね、お仕事中に」
おっとりとしたかわいらしい声に、いいえと慌てて微笑んだ。
私にだってできるわ、とあまり器用ではなさそうな手つきで淹れたお茶。その香りのやさしさは、彼女を象徴しているかのようようだ。なんと言うか……まろやかなのだ。
この雰囲気が王子にひとかけらでもあれば、と思わずにはいられない。少し癖はあるもののきれいな黒髪は王子そっくりだというのに、本当に実の妹なのか疑いたくもなる。
「私はお話できて光栄です、姫様」
「私もです。どうかジゼルと呼んで、エルさん?」
さすがに躊躇っていると、お茶をすするフレイが言う。
「いいだろ、そうして欲しいと仰っているんだ」
「……わかりました。ジゼル様」
「はい」
嬉しそうににっこりと彼女が笑う。左側にだけできるえくぼもまた可愛らしい。
こんなに純真でいいのだろうか、他人事ながらジゼル様の将来が心配になった。
「しかしジゼル様、まだ勉強は終わっていませんからね」
「ええ、三十分だけです。フレイは少し黙っていてください」
仕方ないとばかりに、仲間はずれのフレイはやたら専門用語の並ぶ本を読み始める。
つい今しがた、廊下掃除をしているとフレイに呼ばれて来てみれば妹姫様の部屋である。最近は予期せぬことばかりで、そろそろ心臓にも毛が生えはじめそうだ。……いや、もう生えているかもしれない。