王子様と私3-3
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そしてそれから一月も経たないうちに、王は逝去された。
葬儀を終えて、喪に服す期間もあけると、ぞっとするくらいに城内は静かだった。嵐の前のなんとやら、それぞれが互いの腹を探り合っているのだろうか。
私にはわからない世界の話だった。
そのことを少しでも知りたくて、けれども王子にはまさか訊けなくてフレイをあてにしていたのだが、最近の彼は司書のくせに忙しそうでそう相手をしてくれない。
つかまったかと思いきや、
「これは予見されていたことだ。オーフェリア様かライン様か……大臣たちはそれぞれ出方を窺っているんだろうよ」
と言って、廊下を早足で歩いていってしまう。
わざわざ言葉にされなくても、そんなことはわかっている。ずるいけれど、私はフレイの見解が知りたかった。
王子には選択肢が多くあればいい。姉姫様の方が優勢なのかもしれないと、薄々感じていたから、尚更フレイに断言してほしかった。王子こそ、王になるべきだと。
その日の夜、月のぼんやりとした暗い窓に背を向けて、私は王子と書類の整理をしていた。終わらなかった仕事を持ち込むのは少なくはないが、これはいくらなんでも多すぎやしないかと不安になる。
彼が意地になっているように見えて、ひどく切なく思った。
「王子、そろそろ休まれませんと」
「お前こそ寝ろ。手伝わせてすまなかった」
別に私がいようといまいと、彼はこの山を片付けていくのだろう。
勝手に手伝いを申し出たのは私なのだが、彼の頭の中では統率者として育てられた精神からそんな言葉が出てきたのかもしれない。
私は苦い思いで彼の横顔を見た。あの、ジゼル様の透明な横顔にそっくりで、この表情が、こんなにも他人を苦しめることを彼らはきっと知らないのだろう。王族という存在は、自らのことをないがしろにしすぎて、それが反って自己満足の塊のようだ。
「王子が休まれないことがわかっているのに、安眠できるわけがないでしょう?」
嫌味半分で言ってみると、王子は呆れたように顔を上げ、新たな書類を私に渡す。私は受け取り、笑いを堪えながら内容を確認し、整理を再開した。
世界がしんと闇に沈んでゆくような時刻だというのに、私は不思議と充足した気持ちだった。
ほとんどが私の自己満足だとわかっていても、手伝っていかった。王子の力になりたいと思った。
そうして黙々と山を崩してゆき、ようやく終わったのはもうすぐ朝焼けという時間。少しでも眠ろうとベッドに入る王子に促されて、私も部屋に戻ることなくそのまま同じベッドに入る。私を抱きしめて目を閉じる王子に、ふと、私は何気なさを装って訊ねた。
「…玉座に、座りたいですか……?」
かすれた声に、王子は静かに笑う。背中に回された腕が解かれ、私の頭をなでた。
「成し遂げたいことがある」
つまり玉座に座りたいということ?
言葉を探す私の気配に気がついて、王子は薄く目を開けて、寝ろ、とそれ以上の会話を制する。
モヤモヤとした思いを引きずりながらも、仕方なしに私は目を閉じた。
仲間といえるほどの時間を共有したわけでもなく、友達といえるほどの信用関係があるわけでもない。
王子はすべてを私に教えてはくれない。私と彼の間に引かれた線は、潔いくらいに美しくまっすぐだ。踏み込んではいけない領域が、はっきりとわかる。
だから私の勝手なものさしで、彼の想いを図ってみるしかない。知りたい、私のことではなく、いったい何を考え、何を思うのだろう。
押し込めておきたいのは私自身の気持ちの方だ。私は王子という肩書きではなくライン様というその人が好きだ。様々な意味を込めて、どうしようもなく。
唇に触れるやさしい感触に、少しだけ意識が浮上したが、すぐに私は眠りに落ちた。