憂と聖と過去と未来 prologue-2
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一時間ほどそうしていただろうか。
気持ちのよい陽気が手助けしたのか眠気がひどく、正確な時間を考えることはできなかった。
そろそろ帰ろう。
どうせ気まぐれで来たのだし。
そう思って席を立とうと体を動かすと、後ろから声をかけられた。
「……来てたのか」
その声を耳にするのは久しぶりだった。
もう何度この声を聞いただろうか。
声変わりしてからでも10年くらいの月日は流れている。
忘れもしない、暖かく優しげな声質。
「……」
あたしは黙って席を立ち、人混みの中に溶け込もうとする。
わかってる。あたしが自ら避けているのはわかってる。
だけど…
やっぱり顔なんて会わせられないよ。
あたしは罪を犯したんだから。
「……なあ」
彼は珍しく諦めずに第二声をあたしに向けて放った。
「……っ」
一瞬だけ。
そう、一瞬だけうれしくなった。
それでもあたしは何も言わず、黙って消える。
いつものように、そうしたかった。
でも彼は、思いがけずあたしの腕を掴んだのだ。
「離してっ」
「…やっと会話が成立した。二年ぶりか」
「……」
彼はうれしそうだ。
なぜ…?
答えは簡単。
彼はあたしの幼なじみだから。
いや、違う。
彼はあたしと仲直りをしてくれようとしている。
正確には、あたしの謝る機会を作ってくれているんだ。
罪深き者には、慈愛の心を。
彼にはそんな言葉がよく似合う。
「少しだけでいいんだ。一緒に回らないか」
普段無愛想で、冷たいともとれる彼がこんなにも言ってくれる。
「…うん」
あたしは自責の念にかられながら、それを承諾した。