あごがすきなんです。-6
「ちょっと先輩…私、違います、から」
「いいから、黙って」
やだっ…!
「ごめん、遅くなった」
私が古田先輩を軽く突き飛ばしたのと同時に、杉山先輩が部室に入ってきた
「…どうしたの?」
「あ、杉山先輩、あの…」
杉山先輩は不思議そうな顔をして古田先輩と私を見る
「いたた…真紀ちゃんたら、ひどいなぁ」
尻餅をついた古田先輩を見て、杉山先輩は呆れたように息を吐いた
「古田、お前の性格は知ってるけど…小林さんは大事な新入部員なんだから、大概にしろよ」
珍しく饒舌な杉山先輩が私の名前を呼んだことで、こんな状況なのにふんわり幸せな気分になってしまう
杉山先輩が助け起こそうとして手を差し出したが、古田先輩がそれを振り払った
「お前には関係ないじゃん。モテない奴のひがみって嫌だねぇ」
古田先輩の言葉に言い返したりすることなく、杉山先輩が座ろうとしたとき…
苛立ちのおさまらない様子の古田先輩が、杉山先輩を強く押した
杉山先輩がよろけて…--
…危ない…!
杉山先輩の頭が棚の角に当たっちゃう、と思った時には、既に体が動いていた
恥ずかしいことにその時の私の頭には、
『先輩が危ない』
という事と
『先輩の顎が危ない』
という事の二つが同時に浮かんでしまった
咄嗟に先輩を庇って背中に棚が当たり、私の体にぶつかったパイプ椅子が倒れる
はっと気付いたときには、私は杉山先輩と一緒に床に倒れ込んでいた
古田先輩の方を見ると、パイプ椅子の大袈裟な音に驚いた顔をして、立ち尽くしていた
私と目が合うと、必死に言い訳を考える様子が見えた
「古田先輩、全然大丈夫ですよ」
私が柔らかく言うと、古田先輩は安堵の笑みを浮かべて何やらつぶやきながら、謝りながら、部室を出て行った
あぁ…なんか余計なことしちゃったかな
何の気無しに後輩にちょっかい出しただけで、こんなことになって、面倒だと思ってるだろうな…
…悪いことしたなぁ