DEAR PSYCHOPATH−6−-1
カラリと乾いた風が吹き、潮の香りを嗅いだ。
防波堤から眺める海は、一本の線を境に空とつながっているように見える。僕は鈴菜を横目に力いっぱい伸びた。
「どうしたの、忍。さっきから口数少ないよ」
防波堤によりかかっている鈴菜が言った。胸に"WithOut"と文字った白のTシャツを着て、下はデニムのショートパンツという少年のようないでたちだ。僕は少し笑うと、鼻をすすった。
「昨日ごめんな。デート途中ですっぽかしちゃって」
彼女はうつむきがちにかぶりを振った。けれどそれとは裏腹に、いじけていることがその表情からもありありと分かった。無理もない。僕が約束の場所へ現れるまで、今日みたいな日差しの下で、帰らずにずっと待っていてくれたのに、やっとのこと会えたと思ったらすぐに「さよなら」だったのだから・・・
「それにしても・・・」
切り出したのは鈴菜の方だった。
「このフィアット・バルケッタ、どうしたの?」
目の前に止めてある流線形の赤いオープンカーのことである。
「昨日の長髪男から借りた」
「借りたの?昨日の人から?」
「ああ、今日返しに行くけどね」
「ふぅん」
そう言った後も鈴菜は何やら口の中でモゴモゴと言っていたが、僕にはよく聞きとれなかった。ただ、何を言おうとしているかは何となくではあるが分かっていた。多分、昨日僕が流という男と、何があったのかということが聞きたいのだろう。けれど説明擦る気は毛頭なかった。話したところでとても信じてもらえるとも思えないし、例え信じてもらったとしてもそれはそれで困る。あれから僕が家へたどり着いたのは、相当遅くなってからのことだった。倉庫から出た時はまだ明るかったのだが、そのまま家に帰る気のもなれず、このオープンカーでそこら中を流しまくっていたのだ。流たちから突然聞かされた驚くべき事実とその解決策に脳みそがおっつかなくなってしまってとった、一時的な現実逃避というわけだ。そして今日の約束は、僕の留守番電話と彼女がしていたものだった。あっちから連絡がなければ、僕から約束をしようと思っていたので、ちょうどよかった。
「海・・・」
「ん?」
またもや鈴菜に先をこされた。
「綺麗だね」
「・・・そうだな」
カモメが風をうけて飛び飛行機雲が線を引いている。海岸では海水浴に来た人たちが喜々としてはしゃいでいた。確かに彼女の言う通り、それは心洗われるような眺めだった。けれど・・・と素知らぬ顔で鈴菜の横顔を見て、そして思った。
(お前の方がよっぽど綺麗だ)
思わず口からこぼれそうになった言葉を、ゴクリと飲み込む。
「鈴菜?」
そして情けなくもかすれた声で僕は言った。
「喉渇かないか?今なんか買って来るからさ、そこで待ってろよ」
彼女は無言で頷き、柔らかな笑顔を作って僕を見送ってくれた。
自動販売機はすぐそこにある。僕は車のほとんど通らない車道を横断し、そこまで駆け寄った。財布をとり出し、手を止める。
「おーい。何飲むぅ?」
と鈴菜を呼ぶと、彼女の口が、ゆっくり「コ・オ・ラ」と動き、僕は頷いた。
「コーラ二本だな」
そして、ガコンという音と共に出て来た缶をとり出そうとして、しゃがみこんだ。その時だった。
突然、昨日もう一人のケイコさん、チャールズ・ハッチャーが言っていた『人殺し』という言葉が僕の脳裏をフッとかすめてとおっていった。