【私のビョーキ】-15
「ユッキー、トイレになんか来てどうするの?」
最近出来たばかりの女子トイレの個室は、児童福祉の一環としてオシメを替えるためスペースが用意されており、かなり広い。備え付けの紙はないけれど、水は出るし、消臭剤も備えられており、そこそこ綺麗でもある。
お化け電灯に照らされる個室内は結構暗い。一メートルと離れていないのに、お互いの表情も見えない。
「アッキー、大人になりたいんでしょ? だから、私がしてあげる」
お金とか、地位とか、権利とか義務とかそういうのじゃなく、無責任だけど、気持ちだけでも、二人の意識だけでも大人になるんだ。
私は個室にしっかりと鍵をかけてから、前の学校の生徒手帳を取り出す。
部活仲間が旅立つ私に当てて寄せ書きをしてくれた。
元気でね、全国で会おう、私を抜いたのは美雪が初めてだ……。
そして、
男作れよ。
書き込みの裏には女子の最後のお守りが忍ばせてある。
「いい? 今日のことは二人だけの秘密よ」
戸惑う彼を壁際に追い詰め、冷たい頬を暖めるように手でさする。
「うん。わかった」
「いいこね」
今度は私からキスをする。おでこだけど。
「ユッキー……どうしたの?」
「怖い?」
「んーん、俺はユッキーのこと信じてるから」
真摯な瞳を向けられると、おそらく『知らない』であろう彼に対して、とても卑劣な気がする。けれど、それが大人になることかもしれない。
彼を取り巻く大人達。自分の都合を押し付ける大人に私もなろう。ただし、大切なものと引き換えに、彼と素敵な時間を過ごす為に……。
学んでよ。強くなるために、惑わされないように、それに、私を迎えに来れるよう、私を覚えて……。
アッキーのズボンは、この前私が選んであげたもの。紐とボタンで留められたズボンは思ったより脱がせにくい。水に濡れたせいだ。
結び目を解き、シャツのボタンを外す。上半身は必要ないかもしれない。けど、触れてみたかった。彼の心臓の鼓動に。
はだけた胸に手を当てる。
「わ……」
アッキーは冷たい手の感覚に悲鳴を上げて後ずさる。
「だめ、動かないの」
私はアッキーの手を掴み、彼を縛り付ける。
深呼吸を繰り返すアッキーの鼓動はかなり早い。っていうか、びびりすぎ。