時の戯れ(前編)-2
リビングルームには、ブラウン夫妻やアンディーの友達が集まり始めていた。その度にビルとメイは自分達の友人を紹介して、直美はたどたどしい挨拶を繰り返していた。アンディーの友人はアンディーに紹介されなかったが、自分達でめいめいに自己紹介をして、直美は次第に場の雰囲気に慣れ、彼らと打ち解けていった。いつの間にか姿を消していたメイは、リビングの中央にある大きなテーブルに次々と料理を運んできた。
"Ladies and gentlemen, thank you for coming to our party. As you know, this is Naomi, and she comes from Japan. I hope you will be her good friends. Cheers!""Cheers"
こうしてパーティーが幕を開けた。直美は、次々に話しかけられて食べる間が殆どなかったが、何とか英語で会話を成り立たせることができることができて嬉しく思い、何人かとは、メール交換をして滞在中にまた遊ぶ約束までした。宴も終盤に差し掛かり、アンディーの友人のサムに誘われてテラスへ出て二人で星を眺めた。急にサムは直美を抱きしめて唇を重ねた。直美は急な出来事に驚き戸惑ったが、サムの手を振りほどくと、リビングルームに戻った。ファーストキスを奪われたことに対する衝撃が尾を引いて、その後パーティーで誰に話しかけられても笑顔が自然と引き攣っていた。
楽しい時はあっという間に過ぎるもので、ブラウン家の人やパーティーで知り合った人達とビーチやショッピングに出かけるなどして過ごすと帰国がもう明日に差し迫っていた。ファーストキスを思わぬ形でしてしまったことはまだ気になるが、もっと気になるのがアンディーとまだ打ち解けられないことだった。今夜はアメリカで過ごす最後の夜なので、お別れのパーティーを開いてくれることとなった。また、初日に約束したとおり、直美は日本料理を作っているため、そればかり気に病んでいるわけにもいかず、今夜のパーティーで打ち解けられればいいなと思うのであった。
パーティーが始まり、直美が作った巻き寿司、散らし寿司、天麩羅、すき焼きがテーブルに並んだ。昼からずっと作り続けた甲斐あって、なんとか慣れないながらもこれらを仕上げることができた。直美はアンディーに近づき、話しかけた。アンディーも直美と話したかったらしく、しばらく二人で会話をしていたが、なかなか打ち解けて話をすることができず、他の人との間にあったカルチャーギャップという壁以上に強固な壁があるように思われた。
翌日、とうとう別れの時がやってきた。ブラウン夫妻とアンディーのメールアドレスはそれぞれ聞いたし、直美のアド
レスも教えた。絶対に連絡を取り続けようと約束をして、搭乗ゲートを後にした。たった一週間なのに、初めからこのときが来るのが分かっていたのに別れの寂しさから涙が目から零れた。
帰国すると、両親が迎えに来ていた。直美は両親の顔を見るとほっとした面持ちで駆け寄っていった。帰宅と同時に疲れがドッと押し寄せて、眠りに着いた。
翌日、朝食を食べ終わるとすぐにブラウン家や滞在中一緒に遊んだ友人らに帰国したことを知らせるメールを送った。
その時、ケータイがメールの着信を告げた。さっきまではパソコンでメールをしたので、勿論彼らからではないため、昨日直美が帰国したことを知っている友人からだと思って開けると、やはり中学の友達からで、これから会えないかという内容だった。昨日ぐっすり眠ったものの、まだ疲れが取れ切れていないが、直美も友達にアメリカでの思い出を早く話したかったので、近くのカフェで待ち合わせをすることにした。
直美がカフェに到着すると、メールを送った本人の巳緒(みお)と一緒に、実夏(みなつ)、羽琉(はる)、それに修一(しゅういち)と友晴(ともはる)が待っていた。
「おまたせ」
直美は到着すると、オーダーを言う暇も与えられず、巳緒が
「ホームステイどうだった?」
と聞いてきた。直美が順を追って思い出話をしていくと、他の人は「いいなぁ〜」とか「へぇ〜」と相槌を入れていた。
因みに、直美はいつもジンジャーエールを決まって頼むので、直美の飲み物は巳緒が予め注文をしていた。
帰り道、直美は同じ方向に家がある修一と一緒に帰っていた。しかし、カフェを出た頃には雲行きが怪しくなっていたため、夕立が降り始めた。不幸にも、二人が歩いているのは住宅街で、すぐに雨宿りができる場所が無かった。