thoroughbred-5
***
電車を降りると、桃絵さんは先ほどの悲しそうな顔から打って変わって笑顔を見せてくれた。
「友達や職場の人にも話したことがないんだ」
「そうなんですか」
「女なのに競馬が趣味で、一人でいつも見に行ってるなんて言えないよ」
「…」
たしかに俺のイメージでは、おっさん達が酒を飲み、タバコを吸い、騒ぎながら馬を見るギャンブルだ。
とても人には言えないだろう。
俺は気にしていないながらも、先行きが少々不安になりながら駅に着くのを待った。
***
電車を降りて少し歩くと競馬場に到着した。
朝早いっていうのに、すでにさっきの電車の比ではないおっさんの数。
「すごい人ですね」
「うん、今日はG?のレースがあるからね」
「じーわん?」
「なんていうか、レースにはいろいろグレードがあって、その中でも一番大きなレースなの」
「…へえ」
そんな仕組みがあるのか…
「今日は久しぶりのG?だから、もう楽しみで楽しみで」
桃絵さんは笑っているというより、ニヤニヤした感じでそう言った。
本当に好きなんだな。
しかしそこで気付く。
俺とのデートを楽しみにしてたんじゃなくて、今日の競馬を楽しみにして早く来た…?
真実はわからないながらも少なからずショックを受けた俺がいた。
「ここに座ろ」
「あ、はい」
ぼーっとしたまま小さな二人組のベンチに座った。
どうやらレース場が見える席は、すでにおっさん達が占領しているらしい。
ようやく場の空気になれた俺は、周囲を見渡してみる。
やはりどこもおっさん、おっさんしているかと思ったが、少なからず若い男やカップルなんかが目につく。
へぇ、意外と若い人も来るんだな。
そのことを話そうと桃絵さんの方に目をやると、驚いたことに桃絵さんはすでに戦闘態勢だった。
「あ、あの…」
「あ、ごめん」
桃絵さんは新聞を広げ、にらめっこをしていたのだ。
「そうだ、馬券の買い方を説明するね」
「あ、はい」
桃絵さんは笑顔で俺の前に新聞を広げた。
俺はそんな桃絵さんの横顔を見ながらふと思う。
桃絵さんは本当に競馬が好きなんだな。
きっとこの趣味がストレス解消になっているのかもしれない。
ギャップの激しい桃絵さんだが、やはり笑顔の桃絵さんが一番可愛い。
俺、桃絵さんが好きだ。